第17章 未来へ向けて背中を押そう

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第17章 未来へ向けて背中を押そう

「なんだ。全然客来ないんだな。こんなんで店開けてる意味あんの、このコンビニ?採算とか大丈夫なんか」 雑誌コーナーの前で並べられた商品を物色しながらこっちに向き直り、遠慮なく大きな声で問いかけてくる越智。今はお客さんも他の店員もいないからいいけど。僕は思わず肩をすぼめてしまい、やや抑えめの声で答えた。 「住宅街の中の立地だしね。深夜はそんなにお客さん来ないみたいだよ。開けとかなきゃいけないから開けてる感じかな。本部との契約あるから、って」 「ふん。そういえば、一時期そんな話あったな。オーナーの一存で営業時間とか決められないんだっけ。…結構話題になったのにな。結局何も変わらないでそのままなのか、そういうとこ」 そういえば最近はもう雑誌とか全然買ってないなぁ、と呟きながら手ぶらでこっちに戻ってきた。いや、買わないんかい。 「何も買わないとなんか、気が引けるけどな。腹もあんまし減ってないし。…夜飯食ってからはもうだいぶ経つけど。せめて飲み物くらいは買うかぁ…」 ペットボトルがずらりと並んでる冷蔵ケースの方へと消えた。レジからは位置的に姿が見えない。そっちから越智の声だけが飛んできた。 「奥山。まさかお前、今夜の勤務ワンオペ?いくら客ほとんど来ないって言っても。一晩中独りはさすがにきつくないか。大丈夫なん?」 口調はあれだけど、もしかして心配してくれてるのかな。他に誰もいないとわかってるから、僕の方も遠慮なく声を張り上げて答える。 「さすがにずっとワンオペじゃないよ。何かあったら僕じゃまだろくに対応できないしね。あと一時間したらもう一人入る予定になってる」 詳しい事情までは知らないけど、遅い時間の用事が終わってからって条件でシフトに入れる人らしい。まだそれほど夜が更けてもいないし、一時間くらいならまだ慣れてない僕のワンオペでもまあ何とかなるだろう。って目算のようだ。 「この狭間の時間だけちょっと、一人になっちゃうんだけど。万が一その間に問題が起きて困ったらオーナーを呼んでいいことになってる。近くに住んでるから」 「ふえ。コンビニオーナーも大変だな。店に出てないときも24時間、いつ声がかかるかわかんないのか…。まるで昔の町医者みたいじゃん。俺なら無理だな、マジで」 そうかな。 そうやって無責任お気楽体質っぽく振る舞ってはいるけど。実際には時代劇の横丁の医者みたいな役が似合いそう。だって、どう見ても木村さんや羽有ちゃんに何かあったら。絶対にいつどこからでも駆けつけそうな性格してるよね?普段の言動からして。 「しゃあねぇな。だったらお前の相方が来るまで、俺がここで用心棒しててやるよ。だって物騒だろ、奥山みたいな見るからに弱そうな奴がこんな人けのない住宅街のコンビニでワンオペ勤務してたら。ふらっと悪気起こした軽い気持ちの強盗が襲って来かねないよ。誰も幸せにならないじゃん」 相方。…まあ、たまたまバイトで同じシフトに入っただけの知らない人でも。ものは言いようか。 「え、と。そりゃありがたいけど。…いいの?」 確かに、こんな見るからに体育会系なばっきばきに強そうな青年が店内にいたら。出来心でコンビニ襲うか、とか思いつく剛の者は出てこないのは確かだろうけど…。 「そもそも、早く帰らなきゃって言ってた気がするけど。先輩たちの手前あんまり遅くなれないんじゃなかった?」 「うん、それは方便っていうか。あんまり遅い時間まで女子二人しかいない部屋で一緒にまったり寛ぐとか、俺にはきついから。適当に言い繕っただけだよ」 あっさりネタバレされてしまった。それって、僕に対して何か含むところありそうな台詞だ。 案の定お茶のペットボトルを手にレジの方に戻ってきた彼は、ここでちょっとちくりと言ってやろうとばかりに微かに棘を感じさせる物言いで話の先を継ぎ足した。 「お前と違ってな。そこはまあ、人徳なのかもしれないけど。大したもんだと思うよ。女の子二人も奥山のことまるで警戒してる風もないし…。そこまで無害と思われるほど信頼されるって、なかなかできないよな。まして」 そこでふと何かに思い至ったようにぶつっと言葉を切った。急に冷静に戻った、って印象だったので。今あまり口にしたくないことをうっかり喋りそうだったのか、と推察してそこはそれ以上こっちからは突かないことにした。 「多分、向こうからするとあんまり異性って感じを受けないからだと思うよ。それがいいことかどうかは何とも…」 二人にとって僕は迷い込んできたぼろぼろの野良猫みたいなもんで、外に放り出したら生きていけそうもないからお情けで部屋に置いてくれてるんだと思う。それが現実だから、ありがたいと思ってるのは間違いないが。 「こうやって一緒に住まわせてもらってるおかげで生命を繋いでるに等しいから、不満なんか言う気は全然ないよ?ないけど、好きな女の子が。僕のこと男として見てはくれてないからこれって成立してるんだよな、って毎日思い知らされてるわけだから…。まあ、贅沢言える立場じゃないけど」 「ああ。…まあ、うん」
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