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「お気に召したかな、お姫さま」
「スティーヴンさま、ありがとうございます」
「どういたしまして。愛しのお姫さまに喜んでもらえて、光栄だよ」
「もう、スティーヴンさまったら」
もぐもぐあーん。
私たちは、予約が取れないと評判のパティスリーで、お互いにケーキを食べさせあっていました。
やはりバカップルの行動パターンとして、食べさせあいっこは外せないでしょう。王太子殿下と男爵令嬢は向かい合わせの席ではなく、隣同士、果てはお膝の上というパターンもあったそうですが、さすがにそれはまだ恥ずかしくて難しいです。
……むしろ恥ずかしいからこそ、スティーヴンさまに練習に付き合っていただいた方がいいのかしら?
ふとそんなことを考えてお伺いを立ててみたのですが、こんこんとお説教をされてしまいました。解せぬ。
ちなみにこのお店、王太子殿下と男爵令嬢がお忍びデートを重ねたお店としてとても有名です。王国で人気のグルメガイドブックでも紹介されているのだとか。
だから、うらやましすぎるでしょうが!
こちらは必死に聖女としての仕事をこなすために、どんぱち小競り合いが続く辺境の国境沿いに行ったり、不治の病に苦しむ人々の慰問に行ったりしているのに。
ご自分は、小綺麗な人気店のVIPルームでデートとか、なんなのこの落差は。ちっくしょう!
「ジュリアちゃん? どうしたの怖い顔になっているけど?」
「はっ、すみません、つい殿下のことを考えてしまって。思い出すだけ無駄な時間でしたね」
「そう、だね」
なぜかスティーヴンさまは憂い顏。そうですね、バカップルという設定なのに相手が他の男のことを考えていたら不穏な空気が出ても仕方がありません。
「でも私、こんな風にいちゃラブデートができて、とっても幸せです」
「デートを楽しむのはいいけれど、ちゃんと僕を踏み台にして、君だけの王子さまを見つけるんだよ」
「王太子殿下に婚約破棄されたあげく、王弟殿下を踏み台にして、今度はどこの王子さまを探せと?」
「いや『王子さま』というのはあくまで比喩だから。ほら怒らない、怒らない。はい、あーん」
うーん、これはバカップルというかただの餌付けなのでは?
軒下に巣を作る益鳥と呼ばれる鳥たちの雛が、大口を開けてご飯を待っている光景を思い出してしまいました。そういえば、ここ最近ドレスの腰回りがきついような……。
「ジュリアちゃんは、美味しそうに食べるね」
「スティーヴンさま、私は食べたら食べた分だけ丸くなるのです。安易に食べ物を与えないでください」
「ジュリアちゃんはもうちょっと丸くなっても全然問題ないよ。むしろもっと食べたほうが抱き心地が」
「うるさいですよ!」
栗もさつまいももかぼちゃも、どうしてこんなに美味しいのでしょう。餌付けを拒否して自分のカトラリーで猛然と食べ始めれば、懐かしそうにスティーヴンさまがどこか遠くを見つめました。
「まったく、君は変わらないね」
「そうでしょうか」
「まだ小さかったというのに、大好きな王子さまと結婚するためならと公言して、必死に頑張っていたじゃないか。うまくいかないときは、僕の住む離宮に来てこうやってやけ食いしていたね」
「あの頃の行動は完全に黒歴史です。忘れてくださいませ」
「僕はジュリアちゃんの頑張りをいつもそばで見ていたから、ジュリアちゃんには笑っていて欲しいんだ。もっとわがままを言っても罰は当たらないよ」
まったくもう。せっかくの楽しい気分が台無しです。なんだかとてもむしゃくしゃしてしまって、紅茶の残りをお行儀悪くすすってみました。
「スティーヴンさまは、何もお分かりになっていないのです」
「すまないね」
そんな振る舞いさえ、困ったものだと笑って許してくれるのは、やっぱりこの方にとって私がいまだに子どもだからなのでしょう。
私は、そっぽを向いて小さくため息をつきました。
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