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(1)
「聖女ジュリア、愚息の過ちの詫びに願いをひとつ叶えよう」
「恐れながら陛下、私は聖女の恋愛解禁を求めます」
私の言葉に、貴族たちがどよめくのがわかりました。聖女が恋愛結婚を求めるなんて前代未聞、驚くのも無理はありません。
真実の愛を見つけたとして、王太子殿下から婚約を破棄されたのはつい先日のこと。
今はお相手の男爵令嬢とともに離宮に軟禁されているはずですが、新婚バカップルのような状態でそれなりに幸せに暮らしているそうです。結婚式よりも先に子どもが生まれるかもしれないということで、周囲を戦々恐々とさせているとかいないとか。
うらやましすぎるでしょうが!
地団駄を踏みたくなるのをこらえ、陛下に向かって微笑んで見せました。生まれは侯爵家、育ちは神殿。礼儀作法なんてお手のものでしてよ。
「恋愛解禁だと?」
「王太子殿下と男爵家のご令嬢の恋物語は、まるで夢のように美しいものでした。殿下から愛を知らない冷たい女と言われた私ですが、これでも女の端くれですもの、恋愛結婚への憧れだってございます」
ここは責めるのではなく、穏やかな物言いがポイント。相手の罪悪感をあおらなくてはね。
だいたい私、殿下に浮気されたことなんて怒っておりませんし。と言いますか、婚約してから一回もデートに誘ってこない男なんて趣味じゃありませんもの!
「私だって王太子殿下と同じように、運命の相手と蜜月を過ごしたいのです」
私がにっこり聖女スマイルを繰り出す一方で、国王陛下のお顔ときたら。やはり怒っていらっしゃるのでしょうね。握りしめた王笏がぶるぶると震えています。
聖女というものは王族に取り込めば国は安泰、貴族に与えれば恩賞代わり。他国に譲れば恩が売れる便利な駒。それなのに、みすみす恋愛解禁だなんて愚か者のすることです。が、嫁がされる身としては大事にしてくれない相手などごめんです。
「そ、それは」
「婚約破棄で傷ついているというのに、また好きでもない相手に嫁がされるなんて、聖女としての力も出せそうにありませんわ」
品行方正に生きていても、損をするばかり。ですから、本音が駄々もれになっても仕方がありませんよね?
言い淀んだ陛下のすぐ横から聞こえてきたのは、場違いなほど柔らかな声でした。
「陛下、自由を謳歌している王太子殿下がいらっしゃるのに、聖女さまにだけ政略結婚を課すというのは許されないのでは?」
「……う、うむ」
あらまあ。スティーヴンさまじゃありませんか。普段、政に興味を見せない王弟殿下が、わざわざ私の肩を持ってくださるだなんて……。どういう風のふきまわしでしょう。
とはいえこの機会を逃せば、私の願いはうやむやにされてしまうはず。これは尻馬に乗るしかありませんね。
「陛下、『聖女の恋愛解禁』をお許しいただき、ありがとうございます。さっそく、神殿に戻ってみなさんにお話しなくては」
反論される前に一礼をし、そそくさと立ち去ることにしました。自分の願いに、根本的な欠陥があることに気がつかないままに。
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