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ジェシカとケネスは、即席の政略結婚だ。もともとジェシカは侯爵家の跡取り娘。そのため、侯爵家に婿入り予定のケネスとは異なる婚約者がいた。
風向きが変わったのは、ジェシカが15歳のとき。二人目が難しいと思われていたジェシカの母親が身ごもったのだ。次は男の子かもしれないと父は期待し、その期待通り、母は跡継ぎを産んだ。そしてその日から、ジェシカの環境はすっかりかわってしまった。
『具合が悪いなら部屋から出ないでちょうだい。この子に何かあったらどうするの?』
こほんと咳がひとつ出れば、バイ菌扱いでジェシカは部屋に閉じ込められた。誰も来ない部屋で、ひとりきり。熱が出たときに部屋にひとりぼっちでいると、静けさで耳が痛くなった。以前なら母か父が持ってきた熱冷ましの薬湯も、届けられることはない。
『あなたには必要のないものよ。これからは、茶会で会話に困らないように、王都の流行を覚えてちょうだい。くれぐれも知識をひけらさないように。殿方は、一歩下がった控えめな女性がお好きなのだから』
あれほどまでに強制された跡継ぎ教育は不要となり、むしろ「女が学問など小賢しい」と注意されるようになった。
『まったく、今さら婿入りできないなんて、馬鹿にするのもいい加減にしてほしいよ。この10年、まったく無駄になった。契約を違えたのはそちらだ。それ相応の対応はしてもらおう』
仲睦まじかったはずの婚約者との婚約も解消された。相手は、侯爵家の婿になりたかったのだ。継ぐ家を持たないジェシカに用はなかったらしい。人生設計が狂ってしまったのはジェシカも同じだったけれど、相手からするとジェシカは加害者に見えるようだった。
『わがままを言うんじゃない。貰い手があるだけでも、ありがたいと思わないのか』
婚約解消後すぐに新しい婚約者は探せなかった。跡取りである弟がある程度の年齢になるまでは、父の手伝いをしなければならなかったからだ。適齢期を過ぎて、新しく婚約者を探すことはなかなか難しい。年齢や家柄の釣り合う相手は、ほぼ身を固めている。
同じ世代の売れ残りは、みな訳ありばかりだ。貧乏だったり粗暴だったり。地雷を避ければ、あとは歳の離れた男やもめに嫁ぐくらいしか、ジェシカに残された道はなかった。
『そんなふてくされた顔をして。一体、何が不満なんだ。ああ、慌てて作り笑いをしないでもいい。不愉快だ』
(笑えば媚びていると言われ、笑わなければ辛気くさいと叱られる。この家では、私は誰にも必要とされていない。それならば……)
『お父さま、お母さま、お願いがあります。私は、私を必要としてくださる方のもとに嫁ぎたいのです』
そうしてジェシカに用意されたのは、見合いですらなかった。彼女は、結婚式直前に婚約者に逃げられた子爵家のケネスの元に嫁ぐように指示されたのだ。
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