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(5)
ふたりの新婚生活は、とても静かなものだった。冷たい人間だと誤解されやすいケネスだが、彼がジェシカを蔑ろにすることはない。
『最近、部屋の雰囲気が変わったようだが』
『はい、しまわれていた良い家具を見つけましたので、せっかくだから使おうかと。もしや、ご迷惑でしたか?』
『いいや、とても素敵だ。例えば廊下の……』
ケネスは、ジェシカが思っていた以上に生真面目な男だった。とりたててにこりとすることも、甘い言葉で愛をささやかれることもないが、それでも彼女に対して誠実に向き合おうとしていることは明白だった。
(望んで得た妻でもないのに。なんだか申し訳ないわ。それでも、ケネスさまがお許しくださるなら、私はこのままおそばにいたい)
それが苦しいと思うようになってきたのは、いつからだろうか。隣にいるだけで満足していたはずだったのに、心まで求めてしまった。
(ケネスさまがお慕いしているのは、以前の婚約者さま。私がどれだけ想いを寄せたところで、ご迷惑になるだけね)
だから、離婚したいと願い出たならば、歓迎されると思っていた。そのために、あくまで冷たいお前が悪いのだと、言いがかりのような理由までつけたのに。
「離婚する気はない。絶対にだ」
あろうことかケネスは、ジェシカの申し出をはねのけた。
「もし万一僕が君を疎んでいたとしてだ、妻が熱で倒れた日に離婚に同意するとでも? 僕のことをどんな冷血漢だと思っているんだ」
「だっていつも私のことをにらんでいらっしゃいますし」
ベッドの上で何かおかしなことを言ったかしらと小首を傾げるジェシカ。彼女に向かって、ケネスは忌々しげに舌打ちをした。いつも通りの、お手本のような険のある態度だ。
「まあ、怖い」
「熱があるからそういうおかしなことを言い出すんだ。君はさっさとそれを飲んで、夕食まで寝ていろ」
「それでは私が寝ている間に、離婚の手続きを進めておいてくださる?」
「くどい」
ジェシカの持つ器に湛えられたどす黒い謎の液体。甘いような、苦いような、酸っぱいような。なんとも言えない匂いがたちこめるそれは、この国で熱を出したときに飲む定番アイテムだ。「成人前の子ども用」という注釈がつくが。
べそをかきつつ、親に励まされながら必死に薬湯を飲む。それは多くの人々にとって共通の、懐かしい記憶。ジェシカにとっては切なく胸が痛くなる薬だ。
「旦那さまがわざわざ持ってきてくださるなんて」
「この薬は家族が作って飲ませるものだ。僕だってそうする」
一般の家庭でさえ当然のこと。薬師の資格を持つケネスならばなおさらなのだろう。
「……それは、子どもの場合だわ」
「君はいまだに子どもみたいなものじゃないか。大事なことは何も言わないし、苦いものも嫌いだし」
まったく仕方がないと言わんばかりに差し出されたのは果汁で満たされたコップだ。薬湯の後にジュースで口直しをするなんて、本当に子どもみたいだ。
「薬を飲みたくないなら、治るのが長引くだけだ。僕はどちらでもかまわない。ただし君の熱が下がるまで、君の寝室が僕の執務室になる」
「それは……勘弁していただける?」
「君は寂しがりやだからちょうどいいだろう?」
にやりと笑うケネスは、普段よりもずっと優しげで、胸が痛くなる。それが苦しくて、ジェシカは気をまぎらわせるように薬湯を口に押し込んだ。鼻を抜ける草の匂いに美味しさなどないというのに、ほっとしてしまうのはなぜなのか。
「ジェシカ、眠ればじきによくなる。目を閉じるんだ」
それはどこまでも優しい言葉。薬と一緒にケネスの優しさが染み込んでくる。
(ケネスさま、本当にごめんなさい。やっぱり、これ以上一緒にはいられないわ)
ジェシカは横になり、ゆっくりと目をつぶる。唐突にあふれた涙は具合が悪いせいだと思われたのだろう、ケネスにそっとぬぐわれた。
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