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(6)
ジェシカが風邪を引いてから――正確には離婚を口に出してから――、ケネスの態度は一変した。
今までは、「仮面夫婦」「契約結婚」と陰口をたたかれていたのが、すっかり「おしどり夫婦」と呼ばれる有り様だ。
(ケネスさまったら、気を使ってくださらなくてもいいのに)
ケネスは、いつもジェシカが傷つかないように考えてくれている。先日までの、一線を引いていたときでさえ彼は紳士的だった。周囲はあくまで彼の表面的な態度だけで「夫婦仲は冷えきっている」と判断していたようだけれど。
だからこそ時々、いたたまれなくなってしまう。まるで、自分が本当にケネスに愛されていると勘違いをしてしまいそうで。
(すべては、彼の優しさ。でもその優しさに耐えられないから離婚したいの)
「何をひとりで百面相をしているんだ」
「いえ、あの……そうですね。幸せだなあと思いまして」
この生活がいつ終わってしまうのか。考え始めると、吐きそうで胃が痛くなる。だったらいっそすべて壊して、自分からケネスの元を離れてしまおうか。そう脳裏をよぎるくらいには、幸せなのだ。
どんな顔をしてケネスを見ていいのかわからなくて、ジェシカはそっぽを向きそうになる。その癖のせいで意地悪で情が薄いと噂されているのはわかっているが、どうしていいのか彼女自身にもわからない。
「ジェシカ。笑っている君は可愛いよ」
「ケネスさま?」
「何を驚いている。愛する妻のことを、夫が誉めるのは当然のことだろう」
(ケネスさまが、私を? 社交辞令でも嬉しいわ)
ジェシカが頬を赤く染めていると、耳障りな笑い声が響いた。
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