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「まあ、面白い冗談ね」
「……お母さま」
事前連絡もなしにずかずかと上がり込んできた両親を見て、ジェシカは目を丸くした。爵位的には、ジェシカの両親の方がケネスを上回る。身分を笠に着られて、使用人たちも制止できなかったらしい。
「久しぶりね。親の面前でべたべたするような、恥知らずな娘になるなんて。わたくしたちの顔に泥を塗らないでちょうだい」
ジェシカは、小さくうつむいた。実家では両親が娘に厳しい言葉をかけるのは当然のことで、彼女は彼らの気にさわることはしてはいけなかったのだ。
「まったく。お前ときたら。母親を守り、大切にするのは子どもの役目だろう」
続いて父が母の肩を持つ。親が子どもを守るのではなく、子どもが親を守る? 気がついたときには当たり前になっていた家庭内の理不尽な構図に、彼女は唇をかんだ。
(娘に幸せになってほしいだなんて、欠片も考えていないのね)
嫌なことを嫌と言うのは、簡単に見えてとても難しい。話が通じない相手ならなおさらだ。
いつものように耳をふさいで頭を下げ、相手の言葉を肯定していればそれでいい。そう思っていたのに。
「ジェシカのことを貶めるのはやめていただきたい。彼女は素敵な女性です。それはあなたがたの教育が素晴らしいからではない。誰にでも優しくありたいと行動する彼女の心が美しいからだ」
「あなた、彼に一体何を吹き込んだの」
ジェシカは必死で首を横に振る。頭が真っ白で声が出ない。
「ジェシカは、あなたがたのお人形ではありません」
「なんと無礼な! 貴様、自分の立場をわかっているのか!」
「僕は彼女の夫、彼女の家族です。妻を守るのは当然だ」
父親の怒鳴り声をケネスはひょうひょうと受け流す。いつの間にか手を繋いでいたことに気がついた。ケネスの手の温もりは、両親にももらったことのない優しさに満ちている。
「ジェシカ。いい機会だ。言いたいことはちゃんと言った方がいい。そうでないと、彼らは何もわからない。まあ、言って理解できるとも思えないが、言えばよかったと後悔するよりはましだ」
夫の言葉に、ジェシカはうなずいた。今までのことを謝ってほしいとも思うけれど、恨み言を言ってもきっと彼らは言い訳するだけだ。だから……。
「私はケネスさまの元に嫁いだ身。いくら親子とはえ、口出しは無用でございます」
凛と前を向き、ジェシカは両親と決別する。自分の人生を確かなものとして歩んでいくために。
「ああそれから、僕はもうすぐ陞爵される予定でして。今までの功績も考慮し、侯爵となる予定です。どうぞ、これからは節度を持った関係でお願いします」
「ふざけるなよ」
こけにされたと震える両親を回収してくれたのは、いつの間にか現れたジェシカの弟だった。
「姉さん、結婚おめでとう。今まで姉さんにばかり負担をかけていてごめん。父さんたちのことは俺に任せて。義兄さんと幸せに!」
すっかりたくましくなり、いつの間にか幼さの抜けた弟の姿は、暴れる両親を引きずりながら屋敷を出ていく。ジェシカは驚きと嬉しさを感じながら、見送ったのだった。
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