王立学園高等科 奉仕活動研究会(前編)

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王立学園高等科 奉仕活動研究会(前編)

 貴族用初等科と同じ敷地内にある高等科は、いくつもの建物に分かれている。  入学式後、小広間に集められた同級生たちを眺めていた。  平民用初等科と比べると、驚くほど生徒数が少ない。  こちらの世界でも、貴族社会内は少子高齢化が進んでいるのか……なんて余計な心配をしていると、担当講師による学園の説明が始まった。  それによると、四年制だった初等科に対し高等科は二年制。  最初の一年間は全員共通の講義を受け、二年生からは個々の希望に沿った専門分野を選択するとのこと。  入学試験はなかったが長期休暇の前に学科試験はあるそうなので、その頃には兄と入れ替わっておいたほうが良さそうだ。    私は、家から持参したメモ帳に真剣に書き取っていく。  三か月後に兄が困らないように、円滑に引継ぎができるように、決して準備は怠らない。 『やるからには全力で!』が私の信条(モットー)だ。  しかし、裏返して言えば『何もやりたくないときは、本当に何もやらない』の意味なので、私の中には『零か百か』の究極の二択しか存在していないことになる。    一言一句書き漏らすまいと必死になってペンを動かしていると、足元に何かが転がってきた。  拾い上げた私に「あ、あの……申し訳ございません」と背後から声がかかる。  少しウェーブのかかったミルクティーのような淡い茶色の長い髪を揺らしながら慌てた様子でやって来たのは、ライムグリーンの瞳がとても印象的な可愛らしい女の子だった。 「ぺ、ペンを拾っていただき、ありがとうございました」  震える声で礼を言う彼女に「どういたしまして」とペンを渡す。  上げ底靴で身長を高くしているとはいえ、私でも多少見下ろしてしまうくらいのかなり小柄な子だ。  何度も何度も頭を下げる彼女に笑顔を返し、再び説明に耳を傾けた。  講義に関して一通りの説明が終わったところで、『研究会について』と書かれた用紙が配られる。  通常の講義とは別に、各研究会に所属し活動をするというものらしい。  話を聞いた限りでは、前世での部活と委員会を合体させたような感じだろうか。  参加は自由で、強制ではないと用紙には記載されている。  魔法研究会、魔導具研究会、社交研究会、騎士研究会など、本当に様々な研究会がある。  一つ一つ内容を確認していると、ある研究会に目が留まった。 『奉仕活動研究会』  その名の通り、病院や孤児院への慰問や街の清掃活動などをしている研究会のようで、興味をひかれた私は放課後さっそく話を聞きに行くことを決める。  研究会の名前が硬いので、これからは前世風に『ボラ(ンティア)部』と勝手に呼ばせてもらおう。    兄からは、学園では好きに過ごしていいと言われている。  あれこれ制約をつけて登園拒否をされては本末転倒になりかねないと、彼は懸念しているらしい。  私は「一度引き受けたことを投げ出すような、無責任な女ではない!」と宣言しておいた。  不本意ながら始まった学園生活ではあるが、せっかく通うのであれば前向きに、女であることがバレないよう注意しながら楽しみたいと思う。 ◇  うろうろと道に迷いつつ、私はようやく目的の部屋の前にたどり着く。  『奉仕活動研究会』のドアプレートを確認してからノックすると、しばらくして「どうぞ」と女性の声と共にドアがゆっくりと開いた。  部屋は二十畳ほどの広さで、長方形の大きな机と数脚の椅子、応接用のソファーとローテーブル、一番奥に、執務用の重厚な造りの机と手前に座り心地の良さそうな椅子が置いてある。  中にいたのは、ドアを開けてくれたメイド服姿の侍女らしき中年女性、緑髪と金髪の二人の男子学生の三人だ。  執務机で作業中の短髪・緑髪の男子学生は、銀縁の眼鏡をかけた優等生タイプ。  眉間に(しわ)を寄せ難しい顔をして手元の書類を読んでおり、私には一切視線を向けない。  金髪の男子学生はソファーに腰を下ろし、優雅にお茶を飲んでいる。  洗練された所作には品があり、豪奢な髪を肩まで流していて、まさに異世界小説に登場する王子様キャラのよう。  二人ともタイプは異なるが、かなりの美形だ。  学園内では、さぞかしモテるのだろう。  侍女は私を部屋へ招き入れると、部屋の隅に静かに控えた。 「こんにちは、美しいお嬢さん。奉仕活動研究会へ、ようこそ」  金髪くんがお茶を飲む手を止め、(まばゆ)いばかりの笑顔で声をかけてきた。  キラキラ光る金髪に茶色の瞳。男性なのに美しいと表現したくなる麗しい(かんばせ)が、私を真っすぐに見つめる。 「あの、僕は男なのですが……」 「ああ、申し訳ない。たしかにその制服は我々と同じで、その声も男の声だ」  いきなり『お嬢さん』と言われ、もう変装がバレたのかと焦ったが、彼が見間違えたらしい。  この学園内での私の恰好は、兄の制服を着用し、背中近くまであった長い髪を兄に合わせて肩ぐらいまで切ったあと一つに縛り、身長を伸ばすためにあの靴を履いている。  しかし、『ボイスチェンジャー』のような変声機はないため、意識的に声を低くして喋っているのだ。 「こちらの研究会に入会を希望しておりまして、詳しい話をお伺いしたいのです」  ここで緑髪くんが顔を上げ初めてこちらに視線を向けたが、私と目が合うと大きく目を見張る。  どうやら彼がそんなに驚くほど、私は存在感がなかったようだ。 「ヒース、入会希望者だ」  金髪くんは、にこやかに微笑みながら私を手招きする。  執務机の前にある椅子に私を座らせると、またソファーへ戻っていった。 「……いいのか?」 「()()()()()()()()()()貴重な人材だ。まずは、彼の話を聞いてみたい。それから考えよう」 「わかった」  緑髪くんが金髪くんへお伺いをたてる形で話が進む。  二人のやり取りが終わるまで、私はおとなしくメモを取りながら待っていた。  金髪くんの名前は不明だが、判明した緑髪くんの名前を『ヒース』と書き留める。  兄の意見に従い、メモを書いている字は日本語だ。  商売人の彼らしく、「外では誰が見ているかわからないから、情報漏洩に気をつけろ!」とのことだった。  話が纏まったところで、緑髪くんがこちらを向いた。 「俺の名はヒースだ。魔法科の二年生で、この研究会の副会長を務めている」 「初めまして、ルミエールと申します。本日入学しました一年生です。よろしくお願いします」  高等科は、二年生になると専門科目を選択する。  卒業後、騎士を目指す者は騎士科、魔導師なら魔導師科、魔導具師なら魔導具師科というように分かれており、魔法科は文官を目指している者が多いそうだ。  まあ、三か月後にいなくなる私には、まったく関係のない話ではあるが。  ちなみに、この国では十五歳で成人と認められ、卒業後は結婚も可能となる。  女性貴族の中には、在学中に婚約、卒業と同時に結婚という永久就職をする者も少なからずいるそうだが、これも平民である私には一切関係のない話だろう。 「それで、入会希望とのことだが、おまえがこの研究会を選んだ理由を聞かせてもらおうか」  緑髪くんが私をしっかりと見据える。  サファイアのような輝きを放つ綺麗な紺色の瞳が、眼鏡のレンズ越しに見えた。
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