『また』、『これからも』

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『また』、『これからも』

 ダンスパーティー当日となった。  パーティー開始時間は夕刻前くらいなのに、朝食を食べ終えるとすぐに準備が始まる。……とは言っても、私はおとなしくされるがままだが。  本当に大変なのは、二人だけで支度を整えなければならないテレサさんとアンナさんだ。しかし、ヘアメイクと着付けが終わった頃には私はぐったりしていたが、お二人はまだまだ元気だった。  対外的には男であるルミエールが女装をしている設定なので、化粧はわざと濃い目に施されている。日頃まったく化粧をしていない私は普段とのあまりの落差に驚き、鏡に映った自分の顔を思わず二度見してしまったのはご愛敬。  ドアがノックされ、ヨハンさんを伴ったヒース様が入ってきた。手には先日見せていただいた装身具の入った箱を持っている。 「テレサ、こちらをルミエラ嬢へ」 「ヒース様、せっかくですからルミエラ様へ着けて差し上げたらいかがですか?」 「…………」  テレサさんの言葉にヒース様は動きを止めると、何か言いたげな顔で彼女をじっと見ている。そんなヒース様をテレサさんが楽しげに見返す。  二人にしかわからない無言のやり取りを、私は「仲が良いな~」と思いながら微笑ましく眺めていた。 「……君は、俺でもいいのか?」 「はい、あの……ヒース様がよろしければお願いします」  二人にしかわからない話し合いの結果、ヒース様が担当されることが決まったらしい。  侯爵家のご子息様から直々に着けていただくのは大変恐縮だが、着け方がわからない私ではどうすることもできない。申し訳なく思いつつもお願いをした。  しかし、まさかネックレスだけでなくイヤリングまで着けてくださるとは……  仮装のためかヒース様は今日も眼鏡をかけておらず、彼の端正なお顔が至近距離ではっきりと見えたときは非常にドキドキしてしまった。 「まあ……ルミエラ様、お綺麗です!」 「本当に、よくお似合いですね!」  テレサさんとアンナさんが手を取り合い、満足げに頷き合っている。  侍女のお二人、そしてヨハンさんには、この半月の間何から何まで大変お世話になった。  今日のダンスパーティーが終わったあとはこちらに泊まらず私は家へ戻るので、おそらく帰りはバタバタするだろう。今のうちにきちんとお礼を伝えておこうと思った私は、立ち上がると三人のほうを向く。 「皆さまには、何から何まで大変お世話になりました。この御恩は決して忘れません。本当にありがとうございました」  深々と頭を下げた私に、テレサさんは微笑みながら首を横に振った。 「ルミエラ様、そのような今生の別れの挨拶は不要ですよ。私は()()あなたとお会いできると信じておりますから……そうですよね、坊ちゃま?」 「……ああ」  にこやかな笑顔で問いかけたテレサさんに対し、渋い顔で答えたヒース様が印象的だった。 ◇  王城内にある大広間が本日のパーティー会場だ。  ヒース様にエスコートされた私が恐々と足を踏み入れると、もうすでに大勢の貴族の方々が集まっていた。皆さま煌びやかな衣装を身に纏い、そこかしこで歓談されている。  仮装パーティーと聞いていたので前世のハロウィンのようなイメージを持っていたが、見る限りではそこまで奇抜な服装をしている人は少ないようだ。  女装されている方も何名かいらっしゃるようで、同士の存在に安堵した私だった。  男性は執事姿や冒険者、ちょっとお金持ちの平民ぽい恰好をしている人が多く、女性はメイド服姿が圧倒的多数、そして騎士服や魔導師なども少なからずいた。  最初で最後の機会なのでじっくりと王城内を見学したいが、私一人では間違いなく迷子になりそうだ。ヒース様からも、自分の傍を絶対に離れないようにと言われているので、おとなしく彼に付いていく。  ヒース様のもとには、ひっきりなしに誰か彼か声を掛けてくる。  今日の彼は領地対応でパーティーに参加できなかったご両親の名代を務められるそうで、とにかく忙しそうだ。  そんなヒース様の邪魔にならないよう後ろで静かに控えていると、誰かが隣に立った。 「ごきげんよう。ルミエールさん」 「カナリア様、ごきげんよう」  マナー講師に叩き込まれたカーテシーで挨拶をすると、彼女がフフッと笑った。  今日のカナリア様は魔女の恰好をされているようで、真っ赤な口紅が塗られた口元が弧を描く様はなかなか迫力がある。 「ルミエールさんは、『女装』をされていらっしゃるのね」 「はい。ユーゼフ殿下のご命令で僕が『主』、ヒース様がその『従者』になっております」 「……えっ、お二人は『主従関係』の仮装でしたの? わたくしは、てっきり『婚約者同士』かと思いましたわ」 「こ、婚約者……ですか?」  意外と言わんばかりの顔で私を見つめるカナリア様に、思わず聞き返してしまった。 「揃ってお召しになっている衣装もそうですけど、特にそのイヤリングとネックレスを見れば、他の方もそう思われるのではないかしら……」 (このアクセサリーを見ただけで……どうして?)  首をかしげている私のところへ、「あの子が例の……」とか「どう見ても、女性にしか見えないが……」という声が聞こえてきた。  声の主は周囲の貴族たちだが、おそらく学園内の噂話が大人にまで広まっているのだろう。  まあ、今さらどんな陰口を叩かれようとも慣れてしまったけれど。 「……気にすることはございませんわ。言いたい方には、言わせておけばよろしいのよ」 「カナリア様……」 「でも、決して相手に付け入る隙を与えてはなりません。ですから……ダンスは間違えぬよう、頑張ること!」 「は、はい!」  一瞬、気を抜きかけた私に喝を入れたカナリア様は、「では、ごきげんよう」と去っていった。  彼女なりの気遣いに感謝をし、軽く頬を叩いて気合を入れ直している私のもとに「ルミエール様」と後ろから可愛らしい声が聞こえた。  もちろん、振り向いて確認をしなくても誰かわかる。 「シンシア様、ごきげんよう」  先ほどのように女性らしくカーテシーで挨拶をした私に、シンシア様の顔が綻ぶ。 「まあ……とてもよくお似合いです!」 「シンシア様こそ、お似合ですね。それは騎士様の恰好でしょうか?」 「ええ、物語に出てくる騎士に扮してみました」  長い髪を一つに縛り騎士服を纏っているシンシア様は、学園内でのふんわりとした雰囲気はなく、キリっとした精悍な顔つきの騎士になりきっていた。  ふと隣を見ると、彼女によく似た顔立ちの青年が立っている。 「ルミエール様、こちらはわたくしの兄ギルバルトです」 「初めまして、ルミエール()。君のことは妹から()()()聞いているよ」  そう言うと、ギルバルト様は軽くウインクをした。 (もしかして……私の正体をご存知なのかな)  シンシア様と友人になったときに、もし噂のことでご家族から尋ねられるようなことがあれば、私の正体を話してもらって構わないと伝えていた。  その上で友人付き合いを反対されるのであれば、私は身を引くつもりだったが…… 「初めまして、レスティ様。シンシア様には学園で大変お世話になっております」 「こちらこそ、シンシアが毎日楽しそうに通っているのは君のおかげだと思っているんだ。だから、これからもぜひ学園へ……」 「お兄様! ルミエール様を困らせるようなことを仰らないでください」  シンシア様にぴしゃりと言われたギルバルト様が、気まずそうに目を泳がせる。  仲の良い兄妹のやり取りに、思わずほっこりしてしまった。 「そう言っていただけるのは、光栄です」 「変なことを言ってごめんね。これからもシンシアをよろしく!」  他へ挨拶に向かわれたギルバルト様を見送った私にシンシア様が小声で「兄が申し訳ありません」と謝罪をされたので、「気にしないでください」と笑顔で伝えた。  お兄様から許可が下りたので、これからもシンシア様と友人付き合いができることにホッとする。 『これからもぜひ学園へ……』  ギルバルト様の何気ない言葉が、私の心にいつまでも残っていた。
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