会長の正体とファーストダンス

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会長の正体とファーストダンス

 王族の方々が御出座(おでま)しになるということで、談笑していた貴族たちが一斉に頭を下げる。  私も、ヒース様の隣で皆に(なら)った。  その中に颯爽と登場されたのは国王陛下……ではなく、国王陛下に扮した王妃殿下。隣にいる宰相らしき人物になりきっているのが国王陛下のようだ。 (ということは、後ろに控えている従者二人は……王太子殿下とユーゼフ殿下?)  平民の私には雲の上の方々なのでつい興味津々で眺めていたら、ユーゼフ殿下がこちらを見てにっこり微笑んだような気がした。  ちらりと隣に視線を送るとやはりヒース様が彼を睨んでいたので、吹き出しそうになるのをグッと堪え、本日の主役である王妃殿下のお言葉に耳を傾ける。  殿下の話を要約すると、参加者への労いの言葉と、来年はどのような趣向をこらすか今から考えるのが楽しみだというような内容だった。  私は毎年付き合っている貴族の方々は大変だなと思っていたが、ヒース様によれば、これで市場経済を活性化させる狙いがあるのだとか。なるべく幅広い業種に恩恵が届くようにと、王妃殿下は毎年頭を悩ませていらっしゃるそうだ。 (王族の方々も、いろいろ大変なんだね……)  お言葉のあとは順番にご挨拶に行くと聞いているが、平民の私はヒース様の従者のような顔をして後ろに控えていればいいと思う。  直接言葉を交わすなんてとんでもない。すべてヒース様へ丸投げだ。 「ルミエール、行くぞ」  ボーっと順番待ちをしていたらヒース様から名を呼ばれ、再度気を引き締める。  恭しく挨拶をしているヒース様の背中を少し離れた場所から見つめていたら、ユーゼフ殿下が手招きをしている。  一体誰を呼んでいるのだろう……と思っていたら、後ろを振り返ったヒース様が「ルミエールもこちらに」と言った。  嫌だ、行きたくないよ……などと、もちろん平民に拒否権などなく、引きつった笑顔を顔に張り付けたまま前に進み出る。 「王妃殿下、彼が奉仕活動研究会の新しい会員……ルミエールでございます」  ヒース様の言葉に合わせ、マナー講師から叩き込まれた挨拶をする。 「ルミエール、顔を上げよ。なるほど……其方が」  さすがユーゼフ殿下の母だけあって、間近でお目にかかる殿下は目の覚めるような美しい女性だった。そこにいらっしゃるだけで高貴なオーラが溢れ、睥睨(へいげい)されるだけで飲み込まれてしまいそうな圧さえ感じる。 「其方の話はユーゼフから聞いておる。研究会の活動に熱心に取り組んでいること、会長として嬉しく思う」 「ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」 (まさか王妃殿下が会長だったなんて……私は一言も聞いていないよ~!)  心の中で絶叫し半ばパニック状態のまま挨拶を終えた私は、ヒース様と壁側へ下がる。……が、先ほどの衝撃からはすぐには立ち直れない。 「……大丈夫か?」  呆然としている私が、余程気になったのだろう。  周囲に人がいないことを確認したヒース様が、小声で尋ねてきた。   「はい、何とか……」 「このあとダンスが始まるが……君はどうする?」 「せっかく講師の方まで付けていただいて練習をしましたから、一度くらいは踊りたいです」  ここまで頑張ったのだから、最後までやりきりたい……私がそう述べると、ヒース様は「わかった」と言ったあと少し目を逸らした。 「その……君のファーストダンスの相手が俺でも、いいのか?」 「?」  私はヒース様以外の人と踊る想定をしていなかったのだが、わざわざ聞かれたということは違ったのだろうか。 「今日は、ヒース様と踊るのだと思っていたのですが?」 「ファーストダンスというのは、特別な意味があるのだ。だから……」 「わたくしは、ヒース様と踊りたいです」  私は貴族ではないので、その『特別な意味』がどのようなものかはわからない。  でも、これだけははっきりと断言できる。彼とだから、私は(つたな)くても踊ることができるのだ。  迷うことなく希望を述べた私を見て、ヒース様が嬉しそうに破顔した。 ◇  どこからともなく楽団員たちが入場してきたが、楽団の生演奏とはなんと贅沢なのか。  クラシックコンサートみたいだと私がうっとりと見惚れていると、ヒース様が恭しく手を差し出してきた。 「ルミエール、俺と踊ってもらえるかな?」 「はい、ヒース様。よろこんで」  彼にエスコートされ、前へ進み出る。他にも人は大勢いるのに、皆が私たちに注目しているのが体中に突き刺さる視線でわかる。 (私が失敗したら、ヒース様にも恥をかかせてしまう……)  カナリア様の言葉を思い出しながら彼と向き合うと、ヒース様がそっと顔を寄せてきた。 「……大丈夫だ。君なら出来る」  私にしか聞こえないくらいの小声で囁かれた励ましの言葉に、思わず笑顔になる。  見上げると、優しいまなざしで私を見つめる紺色の双眸があった。  先日のようにまたトクンと鼓動が跳ね自分の顔が赤くなったのがわかり、慌てて視線を逸らすと曲が始まった。  ダンスは、初心者の私でも踊れるようなステップとターンの繰り返しのものだけを必死で覚えた。それでも、ヒース様の足を踏んでしまわないかと終始ヒヤヒヤしっぱなしの私を、彼は上手くリードしてくれる。  周囲の人と接触しそうになったときもフォローしてくださり、何とか無難にダンスを終えることができた。 (何とか、無事に踊りきった……)  『燃え尽き症候群』ではないが、やりきった感がすごい。  こんな充実感が味わえるのは、すべてヒース様のおかげだ。 「上手にできたな」  最後に、ヒース様がまた声を掛けてくれる。 「ファーストダンスの相手がヒース様で、本当に良かったです。わたくしと踊ってくださり、ありがとうございました」  お世辞でも何でもなく、彼へ自分の素直な気持ちを伝えた。 ◇  壁側に下がると、ランドルフ様がシンシア様と一緒にやってきた。どうやら、シンシア様のファーストダンスのお相手はランドルフ様だったようだ。  仮装しているランドルフ様の頭には角が二本生えていて、見るからに毒々しい色の衣装に大きな黒いマントを着けている。  見覚えのある恰好に私が必死で記憶を手繰っていると、シンシア様が隣から「物語に登場する魔王だそうです」と教えてくれた。 (そうか、ゲームのラスボスだ!)  思い出せてスッキリした私に、ランドルフ様が興味津々の表情で顔を近づけてくる。 「ルミエールちゃん、ダンス上手だったよ。それにしても……君はホント美人さんだねぇ。その辺の子が霞んじゃうくらい」 「ハハハ……ランドルフ様、それは僕への褒め言葉として受け取っておきますね!」  まじまじと顔を覗き込んでくるランドルフ様を笑顔で(かわ)し、給仕から受け取った飲み物でシンシア様と渇いた喉を潤しているとユーゼフ殿下がやってきた。 「ルミエール、今度は私と踊ってくれぬか?」 「僕がユーゼフ殿下の足を踏んでも、不敬に当たらないのであれば……」 「ははは! 其方に踏まれたくらいで痛むような、軟弱な足はしておらぬ」  すこぶるご機嫌麗しいユーゼフ殿下にエスコートされ、再び広間の中央へと進み出る。  先ほどよりもさらに注目を浴びているし、また不名誉な噂が流れるかもしれないが、今は気にしない。  気にしてダンスを失敗するようなことになれば、ユーゼフ殿下に恥をかかせた!とカナリア様から怒られるほうが私は余程怖いのだ。    一度踊ったことで落ち着いてダンスをすることができ、もちろん足も踏まずに済んだ。  さすが一国の王子様だけありユーゼフ殿下もダンスはとてもお上手で、本当に華がある方だなと思う……中身はたまに残念なときもあるが。  その後、ランドルフ様とも踊り、私のダンスパーティーデビューは終了したのだった。
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