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王立学園高等科 奉仕活動研究会(後編)
研究会の活動内容の説明ではなく、いきなり志望動機を尋ねてくる緑髪くんは、まるで前世の面接官のようだ。
穏やかな紺色の双眸が、静かに見据えている。
私は背筋を伸ばし、口角を上げ、笑みを絶やさないよう意識しながら口を開いた。
「理由は、人の役に立ちたいと思ったからです」
「ほう……それは殊勝な考えだが、実際、どんな魔法が使えるんだ?」
「それは、まだわかりません!」
私の返答に、緑髪くんが「おまえな……」と言いながら一度額に手を当てたあと眼鏡を直した。
「……では、持っている属性は?」
「申し訳ありませんが、それもわかりません」
「あのな……ふざけているなら、ここから出て行ってもらっても構わんぞ」
緑髪くんは顔に青筋を立て、ピリピリとした雰囲気を醸し出している。
質問に対してわからないことばかりでまともに答えられず、どうやら彼の怒りを買ってしまったようだ。
こちらとしてはふざけているつもりはないのだが、怒らせてしまったのであれば仕方ない。
「お邪魔しました」と二人へ辞去の挨拶をして、私は席を立つ。
学園には三か月間しか居ないのだから、研究会へ入ることは諦めるしかない。
ドアへ向かって歩き出したときだった。
「おい、ちょっと待て。出て行けと言われて、本当に出て行く奴があるか?」
「えっと……ここに、一人おりますが?」
「さっきは、その……俺が悪かった。ちょっとイラついて……だから、戻ってこい」
緑髪くんが、気まずそうに眼鏡をいじりながら口をもごもごさせている。
その仕草が先輩なのに可愛らしく見えて、思わず「ふふっ」と声が出た。
別にこちらも彼の態度に気分を害したわけではないので、おとなしく椅子に座り直す。
「それで……さっきの話の続きだが、おまえは自分の属性などを、なぜ知らない?」
「実は、一度も調べたことがないのです」
「…ん? たしかおまえは光……いや、検査で魔力持ちと判った時点で、担当官が詳しく調べるはずだが……」
首をかしげる緑髪くんの隣に金髪くんがやってきたが、先ほどまでのキラキラ笑顔は影を潜め殺伐とした険しい表情。
殺気まで感じさせるようなピリピリとした雰囲気に、こちらまで緊張感を覚える。
「……職務怠慢だな。おそらく、彼が平民だからと侮ったのであろう。身分に関係なく、魔力持ちは国にとって重要な人材であるのに」
固く握りしめられた拳が小刻みに震えており、金髪くんはかなり立腹しているようだ。
「さっそく父上に進言して、他に事例がないか徹底的に調査をさせるつもりだが、ヒースの意見は?」
「俺に異論はないが、一つだけ質問をしてもいいか?」
「何だ?」
「どうして彼が平民とわかった? 学園内で家名を名乗らないのは、よくあることだよな?」
前世と違い、平民には家名がない。
それに対して貴族には家名があり、それに+で爵位名がつく。
貴族が学園内であまり家名を名乗らない理由は、『学園内では、己の身分に関係なく対等な付き合いをしよう!』という学園の理念があるからだ。
もちろん、平民の私は貴族の方々と対等な付き合いができるなど微塵も思ってはいないが。
「なんだ、そんなことか。答えは簡単だ。母上の話題に上らないからだ!」
「…はあ? おまえの言っている意味が、俺にはさっぱりわからんが」
どうだ!と言わんばかりの顔で言い切った金髪くんに対し、緑髪くんは心底戸惑っているようだ。
「母上の趣味が、人でも何でも『綺麗なものを愛でること』なのはヒースも知っているだろう? こんな遠目からでも目立つ容姿をし、年も私と一つしか違わぬ彼が、彼女の目に留まらぬはずはないのだ。だから、貴族ではないと判断した」
「おまえ基準であることは理解した。俺には、全く参考にならないこともな」
「ヒースが納得してくれて良かった。では……私の自己紹介をしておくか」
突然、金髪くんが私の前に跪きそっと手を取る。
「私の名は、ユーゼフ・ルノシリウス。この研究会の名誉会員を務めている。以後、お見知りおきを……ルミエール」
指先に軽くキスをされ初めて貴族流の挨拶を受けた私は、慣れないことに頭が真っ白になり脳内は一時活動停止……そして、すぐに再起動した。
「こ、こちらこそ……よろしくお願いいたします。ルノシリウス様」
「うむ、よろしく頼む。ただ、私のことはルノシリウスではなく、『ユーゼフ』と呼んでくれ」
「かしこまりました……ユーゼフ様」
満足げに頷いた金髪くんは「ヒース、あとはよきに計らえ」と言い残し、颯爽と部屋を出て行く。
あっという間の出来事に、私は椅子に座ったまま呆然と見送ることしかできなかった。
「驚かせて悪かった。アイツは、昔から少々軽薄なところがあってな……」
緑髪くんがいまだ呆気にとられる私を見て、申し訳なさそうに言葉を繋ぐ。
「す、少し驚いただけで、僕はもう大丈夫です」
「それなら、良いが」
笑顔を返すと、緑髪くんはホッとしたようにぎこちない笑みを浮かべた。
「それにしても、貴族の方は男女問わずあのような挨拶をされるのですね。全然知りませんでした」
「あ~、あれは……」
私の問いかけに、なぜか今度は困ったように目を泳がせる緑髪くん。
「…おまえの顔があまりにも……だから、つい…いつもの癖が出た、と思う。普通は……男にあんな挨拶はしない」
「えっ!?」
「大丈夫だ! アイツは昔から女好きだから、そっちの趣味はない……はずだ」
全くフォローになっていない彼の言葉に、不安はますます募っていく。
これって、私が男でも女でも全然安心できないのでは?
「さて、ユーゼフが名乗ったから、俺も改めて自己紹介をしよう。俺は、ヒース・アストニアという。あと、おまえは知らないようだから補足説明をさせてもらうが、ユーゼフのことは『様』ではなく『殿下』と呼べ。あれでも、この国の第二王子だからな」
「…えっ? ユーゼフ様が……第二王子様ですか?」
『ユーゼフ・ルノシリウス』……たしかに、名前に国名が入っている!
王子様キャラではなく、まさか本物の王子様だったとは。
全然気付かなかった私は不敬罪で捕まってしまうのだろうかと、背中に冷たいものが一筋流れた。
「心配するな。おまえはユーゼフの正体を知らなかったし、アイツも気にしてはいない。ただ、周囲はうるさいから、念のため説明をしただけだ」
私の表情を読んだのか、今度はちゃんとしたフォローを入れてくれる。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
言葉遣いはぶっきらぼうで乱暴なときもあるが、彼は平民の私に対し見下すことなくきちんと対応してくれる。
案外、根はいい人なのだろう。
「ユーゼフから許可が下りたから、今日からおまえは『奉仕活動研究会』の正式な会員だ。活動は随時行っているから、できるだけ参加をするように」
「はい、頑張ります!」
今日は話を聞くだけのつもりだったが、いつの間にか入会が決まっていた。
「それと、魔力のことだが……属性や魔力量を、一度きちんと調べたほうがいい」
「僕も、そう思います」
学園に通うならば、必要不可欠なことだ。
自身の程度を知れば、今後学園内で活動するときの指針にもなるだろう。そのためにも、しっかりと確認をしておきたい。
「測定器は担当部署へ申請を行えば貸してもらえるが、時間がかかる。だから、今回はアレが自作した物を借りることにする。準備しておくので、明日またこちらに来てくれ」
「かしこまりました。アストニア様、よろしくお願いいたします」
「俺には、かしこまる必要はないし、名も『ヒース』でいい」
「わかりました、ヒース様」
こうして、私は『奉仕活動研究会』こと(勝手に言い換えて)『ボラ部』の一員として、今後活動していくことになった。
(でも、よくよく考えてみたら、王族が名誉会員を務める研究会に平民の私が入ってもいいのだろうか?)
ふと、そんな疑問が一瞬頭の中を過ったが、ユーゼフ殿下の許可もあるし、まあいいか……とすぐに思考を打ち消してしまう。
その後、自分が次々と面倒ごとに巻き込まれていくとは、想像もせずに……
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