卒業パーティーにて

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卒業パーティーにて

 今日は、ヒース様たちの卒業式だ。    私とシンシア様は学園内にある大広間の控え室で、これから始まる卒業パーティーに備えていた。  この学園では在園生も一緒に卒業を祝うとのことで、私たちも多少装飾を抑えた衣装で参加し、場に彩りを添える。 ◇  華やかな衣装に身を包んだ卒業生の方々が、控え室に入って来た。  ここでエスコート相手と合流し、会場となる大広間へ入場するのだ。  婚約者のいる人はその相手と、まだ相手のいない人は家族や親戚・知り合いにお願いをすることが多いのだそう。  私が辺りを見回した感じでは、その比率は半々といったところだろうか。  シンシア様へ「来年の私の相手は、ルミエールになると思います」と告げると、「では、わたくしはお兄様ですね」と微笑まれたが、私は知っている。  来年のシンシア様のお相手は、ランドルフ様であることを……。  彼女が今日身に着けているドレスや装身具にいたるまで、全てランドルフ様が内緒で準備された物だ。  もうすでに家同士の話し合いは終わっていて、今日ランドルフ様が直接シンシア様へ結婚を申し込まれる計画なのだとか。  形式を重んじる貴族社会では考えられない前世のサプライズプロポーズみたいなことをするなんて、ランドルフ様らしいなと思ったことは内緒だ。  そして、場違いな平民の私がここにいる理由も、それに関係している。  婚約者のいないランドルフ様とヒース様の相手として、ボラ部の後輩である私たちがエスコート役を引き受けた……という名目になっているのだ。  このイベントのためにランドルフ様は私の衣装まで用意してくださったのだから、大変だったと思う。  ヒース様も協力されているようで、私の着付けなどは今回もアストニア家でやっていただいた。 「シンシアちゃん、ルミエラちゃん、お待たせ!」  卒業式の今日も平常運転のランドルフ様が、足早にいらっしゃった。隣にはヒース様の姿もある。 「「本日は、ご卒業おめでとうございます」」  シンシア様と一緒に挨拶をするとランドルフ様は満面の笑みを浮かべたが、ヒース様の表情はいつになく硬い。  さすがに、緊張されているのだろうか。 ◇  ヒース様にエスコートされ、大広間へと入場する。  学園長の祝辞を聞いたあとは全員でダンスを一曲踊り、その後は食事をしたり、またダンスを踊ったり、歓談したりと、自由時間となるらしい。  人生で二度目のダンスの時間だが、前回の経験があるので落ち着いて臨むことができる。  ヒース様が今回も私の練習に付き合ってくださり、多少は以前より上手に踊れるようになった……はず。  これが彼と踊る最後のダンスだから寂しさがこみ上げてくるが、笑顔を絶やさずに最後まで踊りきりたいと思う。  卒業後、ヒース様はランドルフ様と共に王城でユーゼフ殿下を補佐する仕事をされて、いずれはアストニア侯爵家を継がれるのだとか。  彼から告白はされたが、平民の私とはやはり住む世界が違う人なのだと改めて認識してしまった。  ヒース様と当たり前のように会って話ができた日々は、今日で本当に終わりだ。 「君は、卒業後の進路は決めたのか?」  ダンスが始まってすぐに、ヒース様から尋ねられた。 「ボラ…奉仕活動研究会の慰問で訪れている病院の院長先生が『卒業後は、うちに来ないか?』と声をかけてくださったので、家業を手伝いつつ、そちらの仕事にも従事しようかと考えております」 「治癒士として働くことに決めたのか。それなら、病院で経験を積んだあと、我がアストニア領へ来ないか? その……君にお願いしたいこと…があるのだ」 「もしかして……無料治療院の治癒士ですか?」 「えっ? ああ……君が希望するのであれば、そちらも…お願いしたいところ…だ…が」  俺が伝えたいのは、こんなことではなく……とヒース様が言ったところで、キャーっと歓声のような悲鳴が上がった。  皆がダンスを止めて、ある一角に注目している。  ランドルフ様がシンシア様の前に跪き、指輪を差し出していた。  私たちからは離れた場所にいるので彼が何を言っているのかはわからないが、シンシア様が受け取られたということは、どうやらサプライズプロポーズが成功したらしい。  皆に祝福をされながら、二人がこちらにやって来た。 「ランドルフ様、シンシア様、おめでとうございます!」 「ルミエラちゃん、ありがとう! 断られたらどうしようかと、ドキドキしたよ……」 「私は、大丈夫だと確信していましたよ」  私が自信満々に答えると、シンシア様が「ルミエラ様は、ご存知だったのですね……」と頬を赤く染められた。 「ランドルフは、無事に成功したようだな……」  にこやかな笑顔を浮かべながら、ユーゼフ殿下がいらっしゃった。  結局、在学中に婚約者を決めなかった彼が今日誰をエスコートするのか注目が集まったが、そのお相手は可愛らしい女の子……兄である王太子殿下のご息女フローレンス殿下だった。  これで、まだユーゼフ殿下の妃候補の本命が決まっていないことが周知され、女性たちの熾烈な争いはこれからも続いていく。  カナリア様が「来年の卒業パーティーまでには、必ず……」と拳を握りしめ決意を新たにされていたので、ぜひ頑張っていただきたいと思う。 「それで……ヒースのほうは、どうだったんだ?」  ユーゼフ殿下が、私へちらりと視線を向ける。 「…………」 「その様子だと、まだ伝えていないのか」 「ヒース、何をやっているんだよ。一緒に求婚しようって、約束したよな?」  ランドルフ様の言葉を受け、ヒース様が懐から小さな箱を取り出した。  中に入っていたのはヒースの瞳の色と同じサファイアの指輪で、周囲を赤い石が囲んでいる……私の瞳と同じ色。  目の前に差し出されたそれを見て、トクンと鼓動が跳ねた。 「……ルミエラ嬢、私と結婚してほしい。生涯、あなた一人だけを愛することを皆の前で誓う」 『あなた一人だけを愛する』  平民の私を妾ではなく、正妻として迎えるとヒース様は仰った。  全く予想もしていなかった展開に驚き固まっている私をよそに、どこからともなくルミエールが現れる。 「ルミエラは感激のあまり言葉が出ないようですので、僭越ながら私が……」  ルミエールはヒース様へ恭しく頭を下げると、にこりと微笑んだ。 「この度のお申し出、謹んでお受けいたします。どうぞ、妹を末永くよろしくお願いいたします」 「ル、ルミエール!」    両親への相談もなく、私の意思も確認せず、兄が勝手に返事をしてしまった。  侯爵家であるヒース様が平民である私へ求婚をしたことに周囲がざわざわする中、ユーゼフ殿下がパンッと手を打った。 「この求婚に驚いた者もいると思うが、ここで私から皆へ話しておきたいことがある。ルミエラ嬢は、ヒースの『運命の人』だ。この意味が、貴族である其方たちであれば理解できるであろう? もう一度言う、『運命の人』だ。彼が彼女と出会えたことに、私は友人として心から祝福したい。そして、私自身もいつか『運命の人』に出会いたいと思っている」 ◇  私は、何も知らなかった。  今日の私のドレス等を用意してくださったのが、ランドルフ様ではなくヒース様だったことを。  彼は、先日すでに私の両親へ結婚の許可をもらっていたことを。  貴族家へ嫁入りすることに最後まで難色を示していた母を、心を尽くし言葉を尽くして説得したことを。  そして……卒業パーティーで、まさか自分の求婚イベントが行われるなんて。  一年前、小説のようなリアル断罪イベントが見られるのかとドキドキしていた自分が恥ずかしい。 ◇◇◇  私は、学園の建物裏にあるベンチに座っていた。  去年女であることがバレて、シンシア様へ事情を説明したあのベンチだ。  私の隣には、ヒース様も座っている。  あの後すぐにパーティー会場を飛び出した私を、彼は追いかけてきたのだった。 「その……俺が勝手に話を進めたことを……怒っているのか?」 「……怒ってはおりません。ただただ驚いただけです」  たしかに以前、彼から私との将来も考えていると言われたし、『運命の人』であれば、身分差など全く問題ないとの話も聞いていた。  それでも、侯爵家と平民ではさすがにあり得ないと思っていた。 「誤解しないでほしいのだが、俺は君が『運命の人』だから好きになったわけでも、求婚したわけでもなく、そうと知る前からずっと君のことを……」 「……ヒース様が誠実な方であることは、ルミエールとして三か月間傍で見ておりましたので、よくわかっております」 「そうか……それなら、いいのだが」  心底ホッとしている様子のヒース様の横顔を、私はじっと見つめる。  彼とボラ部で知り合ってから、もうすぐ一年  あの頃は、こんな日が来るなんて思ってもいなかった。 「あの……平民の私に、『侯爵夫人』など務まるのでしょうか?」 「その件に関しては、母やテレサ、もちろん俺も全力で支援するから安心してくれ。それに、婚約をしても結婚はすぐにではないし、俺が侯爵を継ぐのはさらにもっと先のことになる」  平民と違い貴族の結婚は様々な手続きなどがあり、最低でも婚約から一年はかかるそうだ。 「もし、君がよければ、その……婚約後に我が家に来てもらって、ダンスパーティーのときのように『侯爵夫人教育』を受けることも可能だ。前とは違い時間はたっぷりとあるから、詰め込み教育にはならないと思う」 「それは、大変有り難いです。ぜひ、お願いしたいと思います」  いずれは覚えなければならないことなのだ。  それならば、早いうちから時間をかけてやっておくに限る。 「結婚後は俺たちはあの離れに住むことになるから、君がいつ来てもいいように、さっそく受け入れ準備を整えておく」 「はい、よろしくお願いいたします」  私が頭を下げるとヒース様は優しく微笑んだが、それから少し目を伏せた。 「急かさないと言ったのに、こんなことになってしまって本当にすまないと思っている。でも……君を他の男に奪われたくなかった」 「ヒース様……」 「君には不本意な結婚かもしれないが、少しでも俺のことを好きになってもらえるよう努力する。だから……」  ヒース様の言葉にハッとする。  彼は私へ気持ちを伝えてくれたが、私が彼へ気持ちを伝えたことは一度もなかったことに今更ながら気づいたのだ。 「あの……私は貴族の方々のことはわかりませんが、平民は余程の理由がない限り好きでもない方と結婚はしません」 「では、今回のことが『余程の理由』になるのだな……」 「ち、違います!」  さらに落ち込んだヒース様に、私は言葉を選び間違えたと慌てた。   「私は『余程の理由』があっても、好きでもない方とは結婚できません! だから、ヒース様のことは、その……す、好きですよ」 「…………」  ヒース様は、無言で目を閉じてしまった。  もっと、きちんと気持ちを伝えるべきだったと猛省した私は、今度こそ慎重に言葉を選ばなければならない。 「ヒース様、私は……」 「申し訳ないが、もう一度言ってもらえないか?」 「えっ?」 「先ほどの君の言葉が、俺の幻聴かもしれないからな……」 「げ、幻聴……」  目を開けたヒース様がとんでもないことを言い出した。でも、私へ綺麗な紺色の瞳を向ける彼の表情は真剣で、冗談を言っているわけではないようだ。  私は覚悟を決め、一度深呼吸をした。 「えっと……私も」 「…………」 「ヒース様のことが……」 「…………」 「……好きです。だから、嫌々結婚するわけではありません。それだけは、誤解なさらないでください!」  なんとか気持ちを伝えきった私は、スッと立ち上がる。  恥ずかしくて、もうこれ以上彼と顔を合わせることも、隣に居続けることも無理だ。パーティー会場へ、一分でも一秒でも早く戻りたい。  しかし、私の願いは叶わなかった。  後ろから、ヒース様に抱きしめられてしまったから。 「まだ……俺の傍にいてくれ」  耳元で囁かれる言葉が甘くて、体が痺れたように動かない。 「……いつからだ? そう思ってくれていたのは」 「…………」 (そ、そんなこと、聞かないで……) 「答えてくれるまで……離さない」  さらにギュッと力強く抱きしめられ、私は心の中で悲鳴を上げる。 「だ、ダンスパーティーの日から……です」 「……そんな前から。では、俺はあの時、もっと勇気を出せばよかったのだな。回りくどいことをせずに……」  ため息を吐いたヒース様は私をようやく離してくれたが、鼓動が激しく心臓が痛いくらいだ。  私が胸に手を当て息を整えていると、彼が正面に立った。 「会場へ戻る前に、指輪を受け取ってほしい」 「……はい」  そういえば、私は逃げるように会場を飛び出してきたので、受け取らないままだった。  非常に申し訳なく思いつつ差し出した手にヒース様が嵌めてくださった指輪は、私の指にピッタリのサイズだった。  「とても良く似合っている」と嬉しそうに笑う彼に、私も笑顔になる。 「ヒース様、これからよろしくお願いいたします」 「こちらこそ。俺の生涯をかけて、君を絶対に幸せにする」  私の手を取ると、ヒース様はそっとキスをした。  以前、同じことをユーゼフ殿下からされたときは驚いて頭の中が真っ白になったけど、今は違う。  心がポカポカと温かく、とても幸せな気分だ。  私は彼のことが好きなんだなと、改めて再確認してしまった。 「手への口付けはユーゼフに、抱擁はランドルフに先にされてしまったことが、今思えば非常に腹立たしいな……」  ヒース様の言葉に思わず笑ってしまった。  たしかにその二つはその通りなのだが、他のものは…… 「でも……手を繋いだり、キク坊に二人乗りしたり、ダンスを踊ったのは、ヒース様とが初めてですよね?」 「それは、そうだが……」  それでもまだ不満が残るのか、ヒース様は眉間に皺を寄せた顔のままだ。  そんな彼を眺めていた私は、あることを思い付く。  ヒース様へ、少し屈んでもらうようお願いをした。 「これで、いいのか?」 「はい。では、失礼します……」  そう言うと、私はヒース様の頬へ軽くキスをした。  これで少しは、彼へ気持ちを伝え忘れていた私のせめてもの罪滅ぼしになればいいのだけれど。 「私がこのようなことをするのはヒース様、あなただけです。それでも、まだご不満ですか?」 「い、いや……ありがとう。その……とても嬉しい」  良かった……と私が微笑むと、少し顔の赤いヒース様も笑顔になった。    この後、会場へ戻った私たちは、ユーゼフ殿下の号令のもと皆から盛大な祝福を受けたのだった。
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