エピローグ

1/1

206人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ

エピローグ

 二年生に進級した私は、魔法科を選択した。  文官になるわけではないが、事務的なことも今の内から勉強しておけば将来役に立つときがあるかな……程度のぼんやりとした考えだった。  しかし、カナリア様から「将来的には、旦那様の執務の手伝いをされるのでしょう?」と当たり前のように問われたことで、はたと気づく。  自覚が足りなかったと、深く反省。  シンシア様と「お互い頑張りましょう!」と気合を入れ直したのは言うまでもない。  奉仕活動研究会には、新しい仲間が二人増えた。  伯爵家の女の子と平民の男の子で、さすが無事に研究会部屋へたどり着いただけあり二人とも志は高い。今は、副会長に就任したカナリア様の訓示に真剣に耳を傾けている。  私のときは採用面接のようだったけど、やり方に特に決まりはないらしい。というか、たどり着けた時点でほぼ会員に確定のようだ。  一年前の自分を思い出しお姉さん目線で新人を見守っていると、後ろからポンと頭を叩かれた。 「ルミエラ、ボーっとしていないで早く後片付けをしろよ」 「そんなに慌てなくても、まだ時間は……」 「最初が肝心なんだぞ! 遅刻とか、絶対にダメだからな!!」  ルミエールの顔がいつもより真剣なのは、私が今日からアストニア侯爵家で『侯爵夫人教育』を受けるからだ。  私は研究会が終わり次第、相棒のキク坊で乗り付けようと思っていたのだが、ヒース様はそれを許してくれなかった。  私専用の馬車を用意し、わざわざ送迎してくれるのだという。 ◇  約束の時間に学園内にある乗車場で待っていると、真新しい馬車がやって来る。  ドアが開き中から人が降りてきたと思ったら、なんと!ヒース様。  目を丸くして驚いている私に、彼は恭しく手を差し出した。 「待たせてしまって、すまない」 「あの……ヒース様、お仕事はどうされたのですか?」  まだ仕事が終わる時間ではないのに、どうして彼がここにいるのだろうか。 「ユーゼフが珍しく気を利かせてくれたから、言葉に甘えて早帰りをしてきた」  だから、着替えもせずに急いで来た……と仰るヒース様の恰好は、王城勤めの人が着用する制服姿だった。  見慣れていた学園の制服姿とは違うヒース様がカッコ良くて、ついつい見惚れてしまう。  私をエスコートしたヒース様は、隣に腰を下ろした。 「卒業してから君と会える機会が減ったからな……今日はどうしても会いたかったのだ」  これまで、ほぼ毎日のように研究会部屋で会えていたのが、ヒース様の仕事が忙しく、婚約はしたものの私たちはなかなか会えずにいた。  私も寂しいなあとは思っていたが、仕事だし仕方がないと自分に言い聞かせていた。それだけに、彼も同じように感じてくれていたことがすごく嬉しい。 「私も、ヒース様に会いたかったです」  素直な自分の気持ちを、彼へ伝える。  私以上に恋愛の機微(きび)に疎いヒース様へ伝わりやすいよう、なるべく恥ずかしがらずに言葉にしようと私なりに頑張ってみた。  私の言葉に彼の顔がぱあっと明るくなったので、どうやらきちんと伝わったようだ。  ヒース様からは王城での仕事の話を、私はボラ部に入った新人の話をしている間にアストニア家に到着。エスコートされ久しぶりに離れに入ると、以前と何だか雰囲気が違う。  壁紙もカーテンも絨毯も、全てが一新されていた。 「俺たちの新居に相応しいようにと、母が張り切り過ぎた結果だ」 「そうでしたか……」  使用されていなかったとはいえ、前も十分綺麗な状態だった。  ヒース様のご両親が平民である私を歓迎してくださる気持ちが伝わってきて、心がポッと温かくなる。 「いつでも、ここで生活が始められるから、その…君さえよければ……」 「ルミエラ様!」 「テレサさん!」  お茶の用意を持った若い侍女と連れだってやって来たのは、テレサさんだった。  彼女と会うのも、本当に久しぶりだ。  私たちが再会を喜び合っていると、ヒース様がゴホンと咳をした。 「テレサ、俺は着替えてくるから彼女を頼む」 「かしこまりました。坊…ヒース様も、ご一緒にお茶をされますよね?」 「ああ、すぐに戻る」  ヒース様を見送った私はソファーに腰を下ろし、彼を待つことにした。 「ルミエラ様、今のうちに紹介をさせていただきます。こちらは、これから部屋付の侍女になりますライザです」 「ライザと申します。よろしくお願いいたします」 「あなたは、確か治療院の……」  どこかで見覚えがあると思ったら、アストニア領の無料治療院で受付をしていた女性だ。 「ライザは、私の娘でございます。まだまだ半人前ですので、当分の間は私のもとで修業をさせますが、よろしくお願いいたします」 「テレサさんの、娘さんでしたか」  そう言われてみると、テレサさんに雰囲気がよく似ている。  治療院で対面したときにどこかで会ったような気がしたのは、それが理由だったようだ。  ◇  その後、着替えを終えたヒース様とお茶をしたあと始まった『侯爵夫人教育』の講師は、彼だった。  アストニア家の歴史や領地の話をヒース様が分かり易く説明してくださるので、とても楽しく学ぶことができた。  今後も、ヒース様ができるだけ時間を取って講師を務めてくださるとのこと。「会える機会が増えて嬉しいです」と伝えたら、彼が少しはにかみながら笑った。  ◇  夕食を一緒に食べ、帰りもヒース様が送ってくださることになった。  「今度は、いつ会えますか?」と馬車の中で尋ねた私に、彼は無言で私の手を取る。   「先ほど伝えそびれたが、よければ……離れで、俺と一緒に暮らさないか?」 「……えっ?」  突然の申し出に、トクンと心臓が跳ねた。 「そ、その……一緒に暮らすと言っても、もちろん結婚するまでは寝室は別だ。ただ、君に少しでも早く貴族の生活に慣れてもらえれば……と思っただけで」  ヒース様の言う通り、平民と貴族では生活様式が全く異なる。  平民は何でも自分で行うが、高位貴族であればあるほど従者にやってもらうことが多くなるのだ。 「部屋付になるライザの練習にもなるし、今日のように『侯爵夫人教育』で遅くなっても同じ屋敷内なら楽だろうと……」  ここで一旦言葉を切ったヒース様は、首を振った。 「……つい癖で建前を並べてしまったが、本音はこうだ。『俺が毎日、君の顔を見たいから、いつも傍にいてほしい』のだが、ダメだろうか?」 「…………」  私がきちんと自分の気持ちを伝えるようにしてきたからか、ヒース様も多少躊躇しながらも自身の気持ちを真っすぐに伝えてくれる。  それに、「ダメだろうか?」と(すが)るような表情でお願いをされてしまったら、「ダメです」とはとても言えない……もちろん、ダメではないのだけれど。 「あ、あの……両親の許可が下りれば、私も……ヒース様と一緒にいたいです」  恥ずかしかったので多少目を伏せながら気持ちを伝えると、ギュッと抱きしめられる。  私もドキドキしているが、ヒース様の鼓動も早鐘のように速い。 「君に断られたら、どうしようかと……」 「ふふふ……好きな人といつも一緒に居たいと思うのは、普通のことですよ」 「そうだな……」  しばらくそのまま抱き合っていると、馬車が停車した。道が空いていたのか、あっという間に自宅に着いてしまったようだ。  名残惜しく離れがたい気持ちを押し殺しヒース様の背中に回していた手を下ろすが、彼はまだ私を離してくれない。 「ヒース様?」 「……別れがつらいから、今から両親へ先ほどの話をしてすぐに許可を得たいと思う。理由は、建前のほうで説明をするが……」  あくまでも真面目なヒース様に、思わず笑ってしまった。  こんな彼だから私は尊敬の念を抱き、いつしかそれが好意へと変わっていったのだ。  彼と出会えたことに、これからもずっと一緒にいられることに、深く感謝したい。 「私は……あなたと出会えて幸せです」  小声でつぶやくと、私を抱きしめている彼の腕が少し緩み、綺麗な紺色の瞳が少しずつ近づいてくる。  私へ優しく触れるようなキスをすると、ヒース様はすぐに離れた。 「俺も……幸せだ」  目を伏せながらぽつりとつぶやいたヒース様の顔は、暗がりでもわかるくらい真っ赤だった。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

206人が本棚に入れています
本棚に追加