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兄の思惑と、学園生活の開始
家に帰ると、兄が仁王立ちで私の帰りを待っていた。
これまで出迎えをされたことなど一度もなかったので、目をパチクリさせて思わず二度見してしまう。
「おかえり。帰りが遅いから心配したぞ」
意外にも、兄は私のことを心配していたようだ。
「ただいま! 研究会で話を聞いていたから、遅くなっちゃった」
「えっ!? 研究会って……学園のあの研究会のことか?」
「もちろん、学園の研究会のことだけど……ルミエールは何か知っているの?」
あの研究会って他にもあるのだろうかと思いつつ頷くと、兄は腕組みをし真面目な顔つきになる。
「ああ、噂だけなら聞いたことがある。厳しい審査があって、なかなか入会できない研究会があるとかな……」
「へえ~、そんな噂があるんだ。でも、私が入った『ボラ部』は割と簡単に入れたけどね」
面接みたいなものはあったが、それほど厳しい感じではなかった。
第二王子様が名誉会員を務めている由緒正しい研究会のようではあるが、ボラ部は平民の私でも簡単に入会ができた門戸の広い研究会ともいえる。
「おまえは『ボラブ研究会』ってのに入れたのか。じゃあ……」
先ほどの表情からは一変、ニヤニヤしながら期待を込めた瞳で見つめてくる兄に、彼が何を言わんとしているのかすぐに理解した。
「先に言っておくけど……私は三か月しか学園にいないんだから、なるべく知り合いは作らずおとなしくしているつもりだよ!」
「ははは……まだ初日だからな。でも、これから期待しているぞ、我が妹よ!」
これほどはっきりと「なるべく知り合いは作らない!」「おとなしく過ごす!」と宣言しているにもかかわらず、兄はまだあの話を諦めていないようだ。
心底うんざりしながら、私は入学前に兄と交わしたやりとりを思い出していた。
◇◇◇
兄のルミエールは父の血を色濃く受け継いだのか、かなりの野心家だ。
自分たちが魔力持ちだとわかると、両親へ頼み込みすぐに入学の許可を取った。
「せっかく魔力を持っているのだから、家業に役立てるように一緒に頑張ろう!」と兄からは何度も入学を勧められたし、私としても家のためになることには協力を惜しむつもりはない……が、兄には別の思惑があることも知っていた。
「精々、周りに愛想を振りまいて、将来の顧客をぜひ獲得してきてくれ。そして、願わくは……貴族と縁続きになれるように」
つまり、私に学園で『上客』と『結婚相手』を見付けてこいと言っているのだ。
「オホホホ……またまた、お兄様はご冗談を」
口調だけは、嫌味を兼ねてお上品に。しかし、視線は鋭く兄を睨みつけた。
「別に、おまえに正妻になれと言っているわけじゃない。平民では無理なこともわかっている。だから、愛妾となってくれれば十分だ」
このルノシリウス国は、日本と同じ一夫一妻制だ。しかし、妾を持つことも公認されている。
たとえば、正妻に子供ができなくても、妾が産んだ子を正妻の子として認知することは可能なのだ。
とはいえ、前世の記憶を持つ身としては、どうしても受け入れがたいことも事実。
「おまえは中身はともかく、俺と同じでその見た目は良いのだから、黙っていればコロッと騙される奴が一人くらいはいるかもしれないだろう?」
顔は笑っていても目は全く笑っていない兄に、彼の本気度を見た私はそっと目を逸らす。
その後、数々の攻防戦を経て、何とか自分の入学は阻止した私だった。
◇
次の日、私は教室に一番乗りをしていた。
昨日の入学式あとのホームルームのような時間に、席決めが行われた。
決め方はというと……身分の高い者から順に好きな場所を選んでいき、唯一の平民である私は一番最後、誰も選ばなかった残り物の席という、実に単純明快な方法だ。
学園の理念はどこへ行ったのかしら?と、声高に無駄なツッコミをする気はさらさらない。
その窓側の一番後ろの席に座りしばらくボーっと外の景色を眺めていると、廊下が騒がしい。入り口に目を向けると、騒々しい女子学生たち四人組が入ってきた。
彼女たちの中心にいる人物は、公爵家の令嬢だ。
昨日配布された研究会についての用紙の裏に書き留めた自作の席次表を、すぐに確認する。
「カナリア様は、どちらの研究会へ入会されるのでしょうか?」
茶色に近い赤髪を何本も縦ロールに巻いた公爵家令嬢を、青と水色と橙の髪色のこれぞ、ザ・お嬢様を体現している女の子たちが取り巻いている。
「わたくしは、ユーゼフ殿下が名誉会員をされていらっしゃる奉仕活動研究会に入りたいと思っておりますの」
「カナリア様自ら奉仕活動に従事されるなんて、素晴らしいですわ! ぜひ、わたくしもご一緒に……」
「まあ、貴女……お一人だけ抜け駆けですの?」
「奉仕活動研究会は入会条件が大変厳しいと聞いておりますが、カナリア様なら問題ございませんね」
ホッホッホと笑い合っている彼女たちを眺めながら、私は一人首をかしげる。
ボラ部の入会条件が本当に厳しいのであれば、平民の入会など絶対に許可されないはずなのだ。
心の中で疑問に思いつつ、手元にあるメモに目を通す。
それによると、公爵家令嬢を必死で盛り立てている取り巻きは、侯爵家×1、伯爵家×2の令嬢たち。
貴族は学園内ではあまり家名を名乗らないはずなのに、なぜ私が知っているのかといえば、彼女たちが女子の家名を全員分わざわざ教えに来てくれたからだ。
ちなみに、令嬢だけでなく令息たちも同じようにやってきた。一年生の中で唯一の平民である私は、『己の立場を、十分に弁えよ!』ということらしい。
兄の言う通り、中身はともかく銀髪・赤目の見た目だけは周りの目を引く私は、さっそく皆様から目を付けられたようだった。
どこの世界でも、群れた方々がすることは変わらないな……なんて思いながら視線をずらすと、同じようにぽつんと一人ぼっちの女子学生が目に留まる。
彼女は、シンシア・レスティという名の子爵家令嬢だ。
入学式のときにペンを拾ってあげたこともあり、席次表を見なくても名前を憶えていた。
少しおどおどした感じの女の子で、小説の登場人物に例えるなら、男性が庇護欲をそそられる年の離れた妹か幼馴染キャラだと(勝手に)思っている。
そう考えると、公爵家の令嬢は典型的な悪役令嬢キャラで、もしかして卒業パーティーでは、リアル断罪イベントが行われるのだろうか……
暇にあかして、脳内で勝手な妄想を繰り広げていた私だった。
◇
今日から本格的に授業が始まった。
現世で勉強をしていて、いつも思うのは前世の義務教育の有難さ。
学ぶ内容は違えど考え方の基本は同じため、苦労することなく授業についていくことができる。
興味深いのは、地理の授業だった。
初等科の授業にはなかった、各貴族の領地について学ぶことが大変面白い。
貴族社会で生きていくためには重要な授業なのだろう。他の授業と比べると、どの子も皆真剣な表情だ。
私は、現状一番身近な貴族であるヒース様の実家の場所を地図で確認してみる。
王都から北上し国境に至る街道のちょうど中間地点に、アストニア領はあった。
第二王子様のご学友だからそれなりの家だろうなと思っていたアストニア家は侯爵家で、領地はかなり広大だ。中央には大きな湖があり、夏は避暑地、冬は氷上スポーツを楽しむ観光地として有名とのこと。
主な産業は農業と観光業とあるが、私は訪れたことがあるのだろうか。
幼い頃は、父の買い付けに兄と旅行気分で同行しいろいろな領地へ出かけていたはずなのに、やはり、あの頃の記憶だけが今も曖昧なままだ。
原因の一つは、前世の記憶を取り戻したからだと思っているが、本当のところは今もわからない。
魔法に関しての授業もあったが、まずは座学から入るため、実技まで行き着くには時間がかかりそうだった。
◇
お昼の時間になった。
王立学園では食堂で学食を食べることができるのだが、ここだけは初等科と高等科共同で使用するためかなり広い。
食事はビュッフェ形式で食べ放題。しかも、無料である。ちなみに学費も無料。
すべて税金で賄われており、これは貴族も平民も同様だ。
ユーゼフ殿下の父である現ルノシリウス国王ことヨーゼフ陛下は、将来国を支える人材を育てることに注力しているという。
その思想は、息子であるユーゼフ殿下へしっかりと受け継がれていると感じた。
感謝の気持ちをこめ、日本式に両手を合わせ「『いただきます』」と言ってから食べ始める。
内容は前世でいうところの洋食が中心だが、パスタ料理っぽいものはあるのに米料理がないのが非常に残念だ。
飲み物はコーヒーか紅茶、もしくは水か果実水。
食事のときは甘くないものがいいので家でもずっと水を飲んでいるが、記憶が戻ってからは無性にお茶が飲みたい衝動にかられている。
緑茶でも、烏龍茶でも、麦茶でもいいから、この世界で調達できないだろうか。
目下のかなり切実な悩みだ。
食堂の隅に座り一人で食事をしているため、ゆっくり食べているつもりでも食べ終わるのは早い。
食後の水を飲みながら、暇なので周囲の人間観察をしてみることにした。
高等科だけでなく初等科の学生もいるため、前世の小学生っぽい子たちについ目が向いてしまう。
白基調でブレザーの大人っぽい高等科の制服に対し、紺基調の初等科の制服はセーラーでとても可愛らしく、平民は制服自体がなかったので新鮮に映る。
背筋をぴんと伸ばした姿勢だけでなく食事マナーも良い貴族の子供たちを、お姉さん目線でニマニマしながらしばらく眺めていたが、混雑してきたので席を立つ。
食器を返却し教室へ戻る途中、一際大きな取り巻きが囲んでいるテーブルの横を通りかかる。
興味本位に輪の中心を覗いてみると、ユーゼフ殿下とヒース様の姿が見えた。
二人以外にもう一人見知らぬ男子学生がいたが、他は全て、初等科・高等科入り交じった女子学生たちだ。
うんざりと死んだ魚のような目をしたヒース様と目が合ったので、「モテる方は、本当に大変ですね」の意味も込めてペコリと会釈をしておいた。
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