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交流
私が学園へ入学をしてから、数日が経過していた。
毎日、真面目に授業を受け、それが終わるとボラ部へ顔を出す。これが私の日課だ。
ボラ部ではヒース様の指導の下、自分の魔力の流れを感じたあと、その使い方について簡単な説明を受けていた。
全属性を持っているため「属性を活かした使い方を覚え、研究会の活動に早く貢献しろ」とのヒース様の言葉に、もちろんそのために入会した私としては俄然やる気も出てくるというもの。
特に、治癒魔法を習得して、再来週に慰問を予定している病院ではぜひお役に立ちたいと思っている。
◇
「ランドルフ様、ご相談したいことがあるのですが……」
今日も私はボラ部へ来ていた。
以前からどうしても作りたい物があるのだが、その製作方法がわからない。
数日一人で悩んでいたところに、久しぶりにランドルフ様が研究会に顔を出したので、これ幸いと相談することにした。
「何なに? どんなこと? 何でも僕に聞いて!」
相変わらずのランドルフ様だが、この件を相談するには最適の人物だった。
「このような物を作りたいのです」
最近常に持ち歩いている用紙を、おもむろにテーブルに広げた。
私本人は図面だと思っている落書きのようなイラストが描かれた紙を、ダークグレーの瞳を輝かせたランドルフ様が興味津々で見つめる。
「ここに、車輪のような物が付いているけど……ヒースはなんだと思う?」
「さあ、俺にもさっぱり……」
隣にいたヒース様も一緒に図面を覗き込むが、すぐに首をかしげた。
しかし、二人がわからないのも無理はない。なぜならこれは、前世にあったものなのだから。
「これは『キックボード』と言います」
「キックボ……って、何をするものなの?」
「乗り物です。ここに人が乗って移動します」
お茶と同じくらい切実に欲しい物、それは通学時の移動手段だ。
慣れてきたとはいえ、往復一時間の道程を歩くのはさすがに辛い。
本当は自転車が欲しかったのだが、兄に聞いたところまだ発明されていないらしく、残念ながら手に入らなかった。
彼からは「仕組みくらい、覚えていないのか?」と呆れられたが、「そこまで高度なことを求められても困る!」と反論しておいた。
前世で自転車の恩恵は受けていても、ブレーキの仕組みなど私にわかるわけがないのだ。
仕方ないと諦めかけたときに思い出したのが、この『キックボード』。
これであれば作れるかもしれないと製作に乗り出しのだが、どうせなら魔法を使って『電動』も再現したいと欲が出た。
「ランドルフ様にお尋ねしたいのは、この動力部分です。この辺りに風の魔石を入れて風力で動くようにしたいのですが、どうすれば良いのかわからなくて……」
この部屋の仕組みはもちろんのこと、様々な魔導具を作るランドルフ様なら、きっと良いアイデアを出してくれるはず。
私は期待をこめたまなざしで彼を見つめた。
「へえ~なるほど……ルミエールちゃんは、すごいことを考えるね!」
いつの間にか、私の呼び名が『ルミエールくん』から『ルミエールちゃん』に変わったらしい。
そういえば、ユーゼフ殿下も『ルミエール』と名前で呼んでくれたけど、ヒース様からはずっと『おまえ』呼ばわりをされている。
こんなところにも個々の性格の違いが表れていて、面白いと思う。
「これって、君の他に誰か使うの?」
「いいえ、今のところ僕だけです」
「だったら、わざわざ魔石を使わなくても、自分の魔力で操作すればいいんじゃない? それなら、魔石代もかからないし」
「たしかに!」
ランドルフ様の提案は、まさに目から鱗だった。
なんと言っても魔石は高い。石に魔力がなくなれば自分で補充ができるけど、それなら、その場で魔力を使っても同じこと。
石代がかからない分、こちらの方が初期費用は遥かに安くなる。
「ルミエールちゃんは、自分の髪の毛を乾かすことができる?」
「はい。授業で教えてもらいましたので、できるようになりました!」
先日の魔法の授業のときに、担当講師が「この属性を持っているのなら、ぜひやってみよう!」と教えてくれたことの一つが、これだった。
冷風や温風にする方法や、雨の日は傘替わりになるなど……私にとってはめちゃくちゃためになる話だったのだが、前方から「そもそも、外出は全て馬車だし、傘なんて自分で差さないよな……」とコソコソ話す声が聞こえてきた。
たしかに貴族のお坊ちゃん・お嬢様方はそうかもしれないが、平民には大変ありがたい情報だ。
この世界にも傘は存在するのだが、傘の部分が布や革で作られていて値段も高く、おまけに濡れるとかなり重い。
前世の軽くて視界も良好だったビニール傘に慣れ親しんだ身としては、雨の日にさっそく風魔法の傘を試してみよう!と机の下で拳を握りしめたのは言うまでもない。
「それができるのなら、話は早いね。後方に風を出して風量で速さを調節し、前方に出して止める。練習は必要だけど、やってみる価値はあるんじゃないかな?」
「貴重な助言をありがとうございます! さっそく試作品を作ってもらって、試してみます!!」
実用化に向けて大きく前進したことにテンションが爆上がりし、自然と鼻息も荒くなる。
興奮冷めやらぬ私に、ランドルフ様が「ルミエールちゃん、ちょっと落ち着こうか」と声をかけるほど。
「完成したらぜひ見せてね。使い勝手が良さそうなら、僕も学園や屋敷で使ってみたいからさ」
「はい!」
それから二人ノリノリで、あーでもない、こーでもないと様々なアイデアを出し合い、ついに試作品の具体的な形が決まる。
図面の出来栄えに満足し笑顔でがっちりと固い握手を交わす私たちを、終始ヒース様はかなり引き気味に眺めていたのだった。
家に帰ると、さっそく兄に図面を見せ試作品を作るよう依頼をする。
「商品開発でもないのに、製作費用がかかる!」と文句を言った彼を、「ご褒美をくれるって言ったよね?」と一蹴し強引に約束を取り付けた私。
納品されるのが今からとても楽しみすぎて、待ちきれない。
◇
今日の午前中最後の授業は薬学で、薬草探しの実地訓練だ。
学園の建物のすぐ裏にある森の中で、誤って毒草を採取しないよう図と見比べながらの地道な作業なのだが、似たような植物が多くあり見分けがかなり難しい。
万が一口にしてしまっても、この辺りに生息している毒草は毒性が低くお腹を壊すくらいで死ぬことはないようだが、注意するに越したことはないだろう。
前世では、毎年どこかで山菜やキノコでの中毒事件が発生していたこともあり、私は気を引き締める。
真剣に一つ一つ確認をしながら薬草を探していると、周囲に人がいなくなっていた。気づかないうちに、いつの間にか奥へ奥へと入り込んでしまったようだ。
ただ、ここは森と言っても敷地内にあるものなので、迷子になることはないと構わず採取を続けていると、人がやって来る気配がする。何気なく目を向けると、シンシア様と公爵令嬢の取り巻き三人組だった。
彼女たちの不穏な空気に思わず木の陰に隠れた私は、こっそり様子を窺うことにした。
「……シンシア様、ユーゼフ殿下へ色目を使うとは、どういうことですの?」
「わ、わたくしは、そんなことは一度も……」
「嘘を吐かれては困りますわ。殿下の前でわざとハンカチを落としたところを、わたくしはしっかりと見ておりましたのよ!」
「ユーゼフ殿下の優しさに付け込むなど、淑女としてあるまじき行為ですわね」
三人組から次々と責め立てられ、シンシア様は俯いてしまう。
入学式の日にペンを落としたように、彼女はまた落とし物をしてしまったらしい。
これが小説やゲーム内の話であれば、攻略対象者と知り合うきっかけをつくるためにと邪推するところだが、シンシア様の場合はただのうっかり・ぼんやりさんだと私は知っている。
三人組は公爵令嬢がユーゼフ殿下を狙っていることを知っているから、こうして日々、主に代わって邪魔者を排除しているのだろう。
文句があるのなら直接本人が言えばいいのに、数名で寄って集って一人を……のやり方が非常に気にいらない。
しかし、平民で『男の』私が助けに入ると、またシンシア様が何を言われるかわからないので、今はただ見ていることしかできない。
ヤキモキしながら見つめていると、三人組の一人がシンシア様が持つ籠をひったくり下に落とした。中に入っていた薬草が辺りに散らばるのを見て、私の中で何かがプツンと切れる音がする。
我慢できずに飛び出そうとしたその時、一人の女子学生が現れた。
「……あなたたちは、こんなところで何をしていらっしゃるのかしら? 」
「カ、カナリア様……」
「わたくしたちは、ただ、シンシア様とお話を……」
「ただ話をしているだけなのに、わざわざ籠を落とさなければならない理由を教えていただきたいわね」
「…………」
威圧感のある公爵令嬢の問いかけに、三人組は黙り込んでしまった。
私は主の命を受けてやっているのだと思っていたが、この様子だと、どうやら違うようだ。
取り巻きの暴走を、主が止めに来たというところだろうか。
「シンシア様もやましいことがないのであれば、毅然とした態度でいればよいのです」
「は、はい……も、申し訳ございません」
場を収めたカナリア様は「ごきげんよう」と去っていき、その後を三人組が慌てて追いかけて行く。
彼女たちがいなくなったことを確認してから、私は姿を現した。
「レスティ様、大丈夫ですか?」
「…ルミエール様。恥ずかしいところを、見られてしまいましたね……」
両手でスカートの裾を掴み目を伏せたシンシア様へ、私は首を横に振る。
「僕は何も見ておりませんよ。それより、薬草を拾って戻りましょう。そろそろ時間ですので……」
幸いシンシア様の薬草は遠くまで飛ばされておらず、すぐに回収することができた。
集合場所へ戻ったが、シンシア様が三人組からこれ以上絡まれることもなく、私はホッとしたのだった。
◇
次回の授業では、誰でも作れる簡単なポーションの作り方を教えてもらえるので楽しみ!……と喜んでいたら、貴族の皆さまが使用したスコップなどの道具の後片付けを押し付けられてしまった。
唯一シンシア様だけが手伝いを申し出てくれたが、平民の男子学生と子爵家の令嬢が一緒にいるところを誰かに見られでもしたら、どんな噂を立てられるかわからない。
彼女に迷惑をかけるのは嫌なので、丁重に気持ちだけ受け取っておいた。
◇
後片付けに手間取り、食堂へ行くのが出遅れてしまった。
トレイに食事を取ったはいいが、周りを見渡しても空いている席が一つも見当たらない。
天気が良いし、たまには屋外で食べるかとトレイを持ったまま外へ歩き出した私の二の腕を、誰かがグッと掴んできた。
「ルミエールちゃん、食事を持ってどこに行くの?」
いつもの調子の、ランドルフ様だった。
彼は今来たようで、トレイの皿の上には何も載っていない。
「ランドルフ様、こんにちは。空いている席がないので、外で食べようかと……」
「だったらさ、たまには僕たちと一緒にどう? 席は空いているし、何より君がいるとユーゼフも喜ぶから」
「いいえ、平民の僕がユーゼフ殿下や皆さんと同じテーブルで食事なんて……畏れ多いです」
(第二王子に侯爵家、それにランドルフ様のローレンサス家は伯爵家と、このメンバーの中で平民が食事なんて、肩身が狭すぎて喉を通りません!)
しかし、残念ながら心の叫びは届かず。
ランドルフ様は強引に私のトレーをひょいと片手で持つと、有無を言わせずスタスタと歩いて行ってしまう。「ランドルフ様、困ります!」と言っても、彼はチラッとこちらを向いてニコッとするだけで再び歩き出し、結局、同じテーブルに座らされた。
しかも、両隣は……
「其方は、今日も麗しい顔をしているな」
私の手を取り、しげしげと顔を覗き込んでくるユーゼフ殿下と
「おい、ユーゼフ……早く手を離してやれ。彼が食事を取れないだろう」
怖い顔でユーゼフ殿下に注意をするヒース様だった。
「いい加減にしないと、俺と席をかわるぞ!」というヒース様の脅し?に、ユーゼフ殿下はようやく手を離してくれた……が、このテーブルを取り巻いているお嬢様方からの「誰だ、コイツ?」という視線が痛い。
予想通りの展開にやれやれと思いながら食事を始めたが、隣から私の一挙手一投足をじっと見つめる茶色の瞳の存在に、食べにくいことこの上ない。
私をここまで連行してきたランドルフ様は、この様子を面白がって眺めているだけで助けてはくれないし、頼みのヒース様は、ユーゼフ殿下の態度に機嫌が最低ラインまで降下中でこちらもダメ。
結局、私は涙目になりながら昼食を終えたのだった。
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