運命の人

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 剣術大会当日の朝がやってきた。   朝食を終え、ジョンと一緒に荷物のチェックをするアレクを、私は手招く。 「勝利を願うおまじないよ、少し目を閉じておきなさい」   言われるままに目を閉じるアレクの額に、私はそっと指で触れる。 ミスミが教えてくれた、精神系の防御魔法を展開。  ほんのりと指先から、アレクの額に光が移動していく。 「ありがとうございます!」   額に自分でも触れてみて、嬉しそうに笑うアレク。その姿を微笑ましく見守るジョン。   子どもの運動会に家族で行くみたいだなあと、ほのぼのとした気持ちになって、それから自分の運動会の時はどうだったかなあと考え……そこに、該当する思い出がないことに気づく。   あれ? 学生時代の思い出とか、家族のこと、私の中にはそんなものは無かったとでもいうように、思い出せない。   ユリアである日々が長すぎて、自分がこちらの世界にすっかりと馴染んできているとは思っていたけれど、こんなに記憶の欠落ってあっただろうか。  不意に怖くなる。  十年経って元の世界に帰ったとして、私は本当に元の自分に戻れるのかな、と。  足元から恐怖が這い上がるのを、私は目を閉じ耐える。   ミスミくん、そう彼がいる。向こうに戻っても彼がいれば大丈夫。  どちらの私も知っていて見ていてくれると言った彼が居れば、たまにこっちの世界の思い出を話しながら、日々の忙しさに流されてあっという間に元の生活に戻ってしまうに違いない。  私は目を開けアレクを見た。『おまじない』が嬉しかったのか、アレクはきらっきらの目でこちらを見ていた。  その目を見たら、ふっと怖さが掻き消えた。 「さあ、行きましょう」   気持ちを切り替えそう告げると、二人が先に立って歩き出す。  その背中を追いながら、今はこの世界できちんと役目を果たす事だけ考えていようと、そう思った。
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