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知人のいない新天地へ降り立った積弘は、これまでよりも明るく積極的な自分を演じた。
新しくできた友達も、気さくで元気な人が多くなった。
物事への考え方が変わり、その地で就職した会社でも、高く評価された。
新しい自分を演じてみて、気付いたことがある。
当たり前なのかもしれないが、明るく積極的であればあるほど、それを好まない人とは反りが合わない。
そういう時は、これまでと同じように上手くいかなかった。
一年ほど経った頃、積弘は、今の自分を演じることに疲れてしまった。
「また、別の自分を演じてみようかな」
そう考えると、もう一度引っ越すことにした。
全てを断ち切り、知人のいない場所を選び、再び新しい自分を演じる生活を始めた。
今度はテキパキとして、良い、悪いをはっきりとその場で言える自分を演じた。
新しく出来た友達は、意見がはっきりしていて、即決することが多い。
サークルのリーダーをやっていたり、自分で事業を起こしたりする友達が増えた。
常に先を読み、気を引き締めていないと、自分の意見は呑み込まれてしまう。
「ああ、疲れたな」
積弘は、また引っ越すことにした。
今度は田舎へ移り、おっとりとした自分を演じる生活を始めた。
張り合いは無いが、寄ってくる人は皆、穏やかに流れる時間を生きていた。
全員がそうだということはないが、多少の時間遅れや、約束事がざっくりしていたり、何かとルーズな印象だった。
もう少しメリハリのある生活のほうが、自分に合っていると思った。
だから引っ越した。
その後も、幾度となく移り渡り、別の自分を演じた。
たまに、以前演じていた自分が現れて、周囲を驚かせてしまうことがあった。
そういう時は「大丈夫? 別人みたいだったよ」と心配された。
そのうち、色々な性格を演じ過ぎて、どれが本当の自分なのか分からなくなった。
どうしてそれを始めたのかも、忘れてしまった。
これまでいったい、いくつの自分を演じてきたのだろうか。
どの自分になっても、しっくりこなくなった。
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