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 故郷を離れ、かれこれ七年という月日が経っていた。  木枯らしが吹き、コートの離せない季節となったある日、良く当たる占い師がいると知人から聞いた。  この先、どういった自分を演じて生きて行けばいいのかを、占ってもらうことにした。  その占い師の拠点は、積弘(つむひろ)の故郷にあった。  久しぶりに帰って来た故郷は、インフラが整備されていたり、近未来的なデザインの建物や商業施設が増えていた。  時折吹く北風に舞い落ちる葉が、洒落て見えた。  積弘は、占い師の元を訪ね、これまでの経緯を説明した。  彼女は頭からベールを着けており、顔が良く見えない。それでも顔のパーツはそれぞれ整っていることが、外観として窺えた。  今はそんなこと、どうでもよかった。  とにかく、本当の自分を見つけたいと懇願した。 「元々、あなたがなりたい自分を演じる前のあなたというのは、どんな人でしたか?」と、占い師に訊かれた。 「どうだったかな。確か……普通の人」   「普通な人というのは、この世界には一人もいません。皆、素晴らしい個性を持っています。個性に大小や優劣はありません。個性とは、比べるモノでもないのです。だって、この世界で一つだけの星なのですから」  ベールの向こう側で、占い師が微笑んだように見えた。   「たった一個の星と書いて、『いちこせい』なのです」    彼女の後ろの壁に、墨でそう書いてある習字の紙が貼ってあった。   「あなたは、あなたのままでいいんですよ」 「え? 今、何て言いいました?」 「いちこせい」 「いや、その後」 「あなたのままでいいって」  積弘は、占い師を凝視した。あまりの強い視線に、彼女は少し俯いた。  ずっと遠い昔に、その言葉を聞いたことがある。  おっとりした声音、上品なアクセント。   「もしかして、(わたる)ちゃん……なの?」 「あら、ばれちゃった」    占い師はベールを上げた。なんとも美しい顔が現れた。アラビアンメイクで別人のように見えるが、間違いない。  航ちゃんだ。 「まさか(つむ)くんが、私の占いに来るなんて」 「仕事辞めて、占い師になったの?」    航はコクリと頷いた。   「積くん、七年も辛かったね。私があの時、別の自分を演じてみたら、なんて言ったばっかりに……ごめんね」    航は、申し訳ない気持ちと、やっと会えたという安堵の気持ちで、胸がいっぱいになった。   「あの時、別の自分を演じることで、積くんは変わる必要ない、ということに気付いてすぐに戻ってくると思ったの。まさか、更に別の自分を演じて、引っ越しを繰り返していたなんて思いもよらなかったわ……電話番号も変えちゃうし」    突然、積弘の胸に懐かしい思いが込み上げた。子供の頃の思い出が、走馬灯のように走り抜けていく。  思い出した、本当の自分を。  あの時、君が言ってくれた言葉。  『あなたのままでいい』  別の自分を演じてみて、やっと分かった。  そのままで、良かったんだ──。
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