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鶸色:黄みの強い萌黄色。
歩道脇に立ち並ぶモミジの葉は、まだ鶸色を染めているが、輪郭をぼかすように、葉先のほうは赤を付け始めている。秋の訪れに合わせ、紅色の葉へと塗り替わる準備をしていた。
葉の一枚は未完成だが、俯瞰すると色は混ざり、見事な山吹色を作り出す。
この時期の紅葉は、儚く、美しい——。
喫茶店の窓から、夕方の風に揺れるモミジを眺め、ホットコーヒーを啜った。
仕事帰りに幼馴染と落ち合い、寄り道をしているのは、兼子積弘(二四)。社会人二年目だ。
向かい合い、しとやかに座る幼馴染は、春日航(二四)。同じく社会人。
少し茶色でウェーブの掛かった長い髪を耳に掛けると、ホットココアを啜った。
小さなガラス玉のピアスが、可愛らしい耳朶の上で赤を引き立てる。
幼少期から一緒に育ったため、お互いに家族のような関係でいた。
姿勢が良く、身なりや言動にも気を使っている航は、世間からすると、美麗なお嬢様のように見えていた。
積弘にとっては、毎日合わせる顔のため、気に留めたことも無かった。
「なあ航ちゃん」
「なに?」
「今の会社は上手く行ってるか?」
「んー、べつに。あんまりかな。ずっとは続けないと思う」
「そか」
週刊誌を開いている航は、裏表紙の内側に載っている占いの記事を、熱心に読んでいた。
「航ちゃんは、自分のこと好きか?」
「どうして、そんなことを訊くの?」
「俺は、今の自分が嫌いなんだ」
「でしょうね。好きだったら、そんなこと訊かないものね」
「変わりたい……」
「自分の何が嫌いなの?」
「普通なんだよ、俺は。一番にもならなきゃ、ドベにもならない。何をやっても普通」
それを聞いた航は、雑誌を閉じた。
「あなたは、あなたのままでいいんだよ」
なだめるように、優しい口調で言った。
「もう厭だ。俺は、もっと尖りたいんだ」
「じゃあさ。心機一転、引っ越してみたらどう? そこで、今の積くんとは違う自分を演じて生活してみたら?」
たまたま、占いの記事に書いてあったことを受け売りした。
いいかもしれない、と積弘は思った。
会社を辞め、電話番号も変え、全てを断ち切り引っ越した。
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