お口にチャック

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お口にチャック

おちびさんが台所にいるお母さんのエプロンを引っ張りながら言いました。 「おかあさん、あのね、あのね!」 大きな声で呼んでもお母さんは振り向きません。トントンまな板を叩きながら慌てて言います。 「今ごはん作ってるからちょっと待ってね、 危ないからあっちで遊んでなさい」 「わかった!きょうのごはんはなぁに? あのね、やさいをたべるとね、おおきくなれるんだよ、トマトはすっぱいからたべないけど、みて!もうこんなにおおきくなったよ!」 おちびさんは うーん と背伸びをして言いますが、お母さんは赤い野菜を洗いながらうんうんとだけ答えます。 「それでね、おおきくなったらおかあさんはおばあちゃんになるでしょ。そしたらね、おかあさんをおんぶしてあげる!」 お母さんは困った顔をしながらエプロンで手を拭き拭き、屈んではおちびさんの顔を覗き込みます。 「わかったからお口にチャックしてて、慌てて手を切りそうよ」 そう言うとお母さんはおちびさんの口を閉じる仕草をしました。 おちびさんはお口を閉じられてしまったので、ぴんと背筋を伸ばしたまま喋ることが出来なくなってしまいました。 しん と家の中が静まり返ってお母さんは安心してまた料理を続けます。 さて、困ったおちびさん。 お口をチャックで閉じられては喋れません。 仕方がないのでお母さんがごはんを作る背中を見上げています。 トントン、グツグツ、ジャージャー、 静かになったおうちの中を料理する音が響いてきます。 とんとん、ぐつぐつ、とんとん、ジャージャー シューシュー、コトコト… さぁ、ごはんが出来上がりました。 「いただきます」 おちびさんとお母さんは向かい合って座ると食卓に並べられたごはんに手を合わせます。 ぱくぱく 一口、二口、ごはんを食べるとお母さんは首をかしげました。 「あら、おなかがすいてないの?」 おちびさんはお口をきゅっと閉じたまま、首をふりました。お口にチャックをされたままだったのでぐぅ~っとおなかが代わりにこたえます。 「まぁ、大変。」 お母さんはくすくす笑っておちびさんのチャックを開けてくれました。 「ちゃんと いただきます するのよ」 これでやっとごはんが食べられます。 おちびさんはおててを合わせて大きく口を開けました。 「とんとん!グツグツ!とんとん!ジャージャー!」 あら? おちびさんの口からは先程聞いた音が滝のように流れてきました。 「とんとん、ぐつぐつ、とんとん、ジャージャー!とんとん!シューシュー、コトコトジャージャー!とんとん、ぐつぐつ」
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