一人きりの夜

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一人きりの夜

職場でラムネを貰った。 30袋ぐらい入ったのを、小分けにしたようなラムネは、知らぬ間にデスクに置かれていた。 帰りの電車で、鞄の奥に潜んでいたそれを覗く。 赤・黄・白・・・疲弊した心と体と真逆に、一つ一つが淡く鮮やかだった。 「ただいま」 返答のない挨拶をして、今日も一人の空間だ。 簡易テーブルに、ラムネを適当に転がして、適当な服に着替えて、適当な冷凍食品を温めて、適当な動画を再生する。 結局 何に集中したらいいのかが分からなくて、途中で画面を消した。 食後のデザート感覚で、ラムネの封を開ける。 自然には存在しない でも明らかに爽快な香りが部屋に溢れた。 一つ摘んで 口に放り込む。 ほのかにイチゴの味がして、でもそれは幻のように熱と交わって、何処かへいなくなった。 同時に、なんだかすごく虚しくなった。 いつから こんな鬱々とした夜を過ごすようになっただろう。 私は何のために生きているのだろう。 愛想笑いをして、受けたくもない苦情に懸命に頭を下げて、よく分からないノルマに左右されて、誰かの機嫌を伺って、居ても居なくても変わらないような存在。 いつから、こんなつまらない大人(にんげん)を演じているのだろう。 一人になった瞬間、考えてしまう。 さっき飲み込んだラムネのように、すべてを手放して何処かへ行ってしまいたい。私のことを誰一人知らない、何処か遠い場所。そうすれば、忘れてしまった私という存在を、思い出せるのかもしれない。 いや いっそ、この世界ごと溶かしてしまおうか。 表面ばかり綺麗な人間関係も、誰かが下に居ないと生きていけない毒々しさも、周りに責任転嫁してしまいそうになる自分の愚かさも、全部。 このラムネのように脆くて儚い世界を。 悪戯に掴み上げてクシャッと潰して、飲み込んでしまおうか。 そうして皮肉に笑いながら、自分もろとも消えるのだ。 馬鹿なことだ。 はぁっとため息をついて、天井を見上げる。 本当は救われたい。 ごちゃごちゃとした現実の中で、今にも力尽きてしまいそうな自分を、刹那な甘味(いやし)で休めてあげたい。 優しい色の中に、漂わせてあげたい。 そっと目を閉じて、炭酸と果実の香りに包み込んであげたい。 高ぶった波が、段々と穏やかになる。 歯を磨いて、柔らかい布団に包まる。ちょうど、白と青の中間地点のような色をしていて、まるでラムネ色の海を泳いでいるようだった。 あと2日だけ演じよう。 そうして、休みの日には、やりたかったことをしよう。 特に何かをやらなくては ではなく、のんびりと歩くだけでもいい。 そうして、久しぶりに 私になろう。 溶けていくような、温かい感覚に守られながら、私は目を閉じた。
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