藍より黒へ染まりゆく

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「明かりがついていたと近隣の者が申しておるわ!」 「明かりをつけたまま寝ていたのです。何もおかしな事はございませんでしょ」  奉行所の者による厳しい取り調べにも藤吉はのらりくらりとかわし続ける。かれこれ数日経っていた。取り調べをしている男が苛立ってきたところでずっと黙っていた奉行が静かに問う。 「そなた、自分で染めたものを大切に思っておるか」  その言葉に藤吉は初めて表情が動いた。てっきりお前が殺したのだろうさっさと吐けと言われると思っていたのだが、自分の染めものに関して問われたのだ。そのことに藤吉は静かに答える。 「無論。我が子のように愛おしゅうございます」 「例えば、もし本当にあの晩そなたが元弟子を殺したのだとしたら。そなたは工房で殺したことになる。工房で寝泊まりしていたらしいからな」 「へえ、仰る通りで」 「元弟子が何度も刺されて血で染まっていたのは先ほど申した通り。それだけ血が飛び散ったのなら、その時そこにあった染め物に全て血がかかってしまう。そんな事、そなたは行うか」 「まさか。あり得ません。確かに裏切られたことに対しても思うところがあります。しかしいくら憎かろうが自分の大切な染物を(けが)してまで殺そうとは思いません。己が着る物すべて、自らの手で染めたものでございますので」  奉行所としては藤吉を下手人にしたいのに、奉行の言葉は真逆の問いだ。周囲に動揺が走る。そこで取り調べをしていた奉行所の男が声を上げた。 「しかしそれはつまり、藍に染まったあの場なら血の跡はわからぬ! 着ていたものも後で染めてしまえばよいのだからな!」  その言葉に藤吉はおどけたような表情を見せた。 「染めてしまえばわからない、とは。先程のアッシの言葉、聞いておりましたか? 大切なものを汚そうとは思わないと言っているのに、それがまるでなかったかのようにごまかし方を説いてくるとは。お互い馬鹿な弟子を持つと苦労しますなぁ? お奉行様」 「なんだと!?」 「静まれ」  奉行の言葉に男は何か言おうとしたようだが黙り込む。ただし歯を食いしばり怒りでブルブルと震えているようだ。 「先程のこの者の言うこともまた一理あり。工房やその他の場所に血の跡がないか、調べよう」  その言葉に藤吉がピクリと眉を動かす。そしてスッと表情が消えた。 「いやはや、これはこれは。奉行所と言うのはてっきり無罪の人に罪を擦り付けて適当に事をさばいていると思っていましたが。あなたは随分と落ち着いていらっしゃる」 「そうでなければ物事の真理が見えなくなってしまうのでな」 「ははあ! 真理が見えるのですか! これはすごい! 悟りを開いた坊主でもそんなものは見えやせんでしょうに!」  突然ゲラゲラと笑い狂気に満ちた表情でまっすぐ奉行を睨み付ける。その様子に一気に周囲に緊張が走った。
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