藍より黒へ染まりゆく

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 紺屋(こうや)の藤吉、と言えば知らない者はいない有名な染物職人であった。個人の名前ではなく代々藤吉という名を継いでいる。歌舞伎などと同じ代替わりしていく名である。  藤吉が作り出す藍染はそれはそれは美しく献上品としても重宝されてきた。  長年御上にも愛されていたが、歴史を揺るがすほどの跡継ぎ問題が勃発した。謀反とも思える血で血を洗う争いの結果、頂点に立ったのは誰も名を知らなかった遠縁の親王であった。  この親王は国外の者との交流を続けており、日の本の工芸品よりも外の国の芸術を愛した。次々と大陸から工芸を仕入れた結果、西洋の技術を取り入れた新たな日本工芸が誕生する。そうやって昔から伝統を大切にしてきた工芸品はどんどん廃れ売れなくなっていった。それは藤吉も例外ではなかった。  藍一色よりも、艶やかな金や赤が愛され、染めた後に装飾を施す物が流行り始める。実用的というよりも着飾ってなんぼ、という見て楽しむものがほとんどだ。  とても食っていけないとそういったものに転換する職人が多い中、藤吉は頑なに手法を変えなかった。弟子たちが徐々に離れ、このままでは飢え死にしてしまうという一番弟子の説得も聞き入れなかった藤吉はとうとう弟子全員から見放されてしまう。  それでも藤吉は染め物をやめなかった。たとえ売れなくても毎日布を藍一色に染める。  紺屋の手は染料で真っ青だ。新たな工芸品は手が汚れることがないと言うこともあり職人たちから喜びの声も上がっていた。 「頭の固い奴だ、古いものにこだわり新しいものに目を向けないとは。自分が作りたいものを押し付けるのはただの独りよがりよ」  藤吉の元弟子達はともに紺屋を立ち上げた。若い彼らはメキメキと腕を上げてその一帯で有名となり、豪商となりつつある。作るものすべてが飛ぶように売れる。風の噂では藤吉は明日食べるものにも困っているらしい。 「師匠としてふんぞりかえっている時はそれなりに立派にも見えたが、ああなってしまっては見る影もないな」 「技量だけは本物だったのだからこちらの界隈に来れば立派な職人になれたものを」 「馬鹿野郎、いいわけねえだろうが」
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