藍より黒へ染まりゆく

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 険しい顔をして酒を一気にあおる一番弟子だった男。藤吉の腕は確かだ、それは認めざるを得ない。  三十路を過ぎてもこき使われている立場が気に入らなかったというのに、藤吉が新たな染め方に手を出してしまったらまた自分は永遠にただの弟子でしかない。藤吉が昔ながらのやり方にこだわる頑固者で良かったと鼻で笑う。 「今どき誰があんな古臭い染め物など求めるものか。誰も買わないものを作り続けるとは、ただの愚鈍だ」 「まったくな。ま、尻を拭くぐらいには役に立つのではないのか」 「ははは! ではちょっとばかし買ってくるかな、今から糞をするから布をよこせと! 二束三文も惜しいわ!ははは!」  酒が入っていたこともあり大声でそんなことを大爆笑しながら語る男たち。揚がりがいいので次々と高い酒を煽っていた。  そして一番弟子だった男は藤吉のもとにむかい、その日の晩帰ってこなかった。  翌日仕事場に来ない男を心配した仲間たちがあちこち探したがどこにもいない。しかし雑木林のところで血まみれで死んでいるのが見つかった。 「咫、どうであったか」  奉行の言葉に咫種(あただね)は一礼をしてから報告する。 「骸が見つかった場所ではそれほど多くの血は見られませんでした。おそらく別の場所で殺されそこに捨て置かれたのでしょう。前の晩に藤吉のところに行くと言って出かけたまま戻っていないようですので、巷では藤吉が下手人に違いないと噂が立っております」  咫種は奉行所の人間ではない。表沙汰にされては困ることや内々に済ませたいことを請け負っている奉行の子飼いの者だ。忍びではないが、裏でありとあらゆることをこなすとても優秀な存在であった。 「やはりな。少し話を聞いただけでも元弟子たちがだいぶ藤吉を蔑むような噂を巻いており、それがますます売り上げを落ち込ませていたと分かっている」  奉行は書いていた手を止めて声を上げる。 「誰か()るか」  その声に外に控えていた男たちが数名入ってくる。すでに咫種の姿はない。 「紺屋の藤吉を調べる、連れて参れ」 「ははっ」  その日、藤吉は抵抗することなく奉行所に連れてこられた。問われたことを素直に話すが、頑なに弟子は来ていないと言いはる。 「アッシは寝てましたので、全く覚えがございませんな」 「嘘をつけ! 貴様、夜遅くまで工房で染め物をしていると周囲では周知の事ぞ!」 「その日は眠くて寝てしまいましたので」
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