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藤吉は代々長男が継ぐことになっていた。しかし現藤吉は若い頃からそのしきたりに疑問を抱いていたそうだ。血筋も大事だが本当に腕の良い職人こそ継ぐべきではないのか。そうやって弟子を集め一番弟子に藤吉の名をつがせる根回しまで進めていたのだ。
しかしとある町人の娘と恋に落ち子供をもうけた。子ができたことがわかればどうしたって一番弟子は息子を鬱陶しく思い何か争いが起きてしまうかもしれない。跡を継がせるのは一番弟子だと決めているので、余計ないざこざが起きないために周囲に妻子の事は黙っていた。
藤吉は妻も息子も大切に思っていた、よく会いに行っていたらしい。
「藤吉は酒が飲めないのにとある飲み屋によく通っていたとか。女将さんが二年前に亡くなり、まだ十三の息子が跡を継いでおります」
「その飲み屋の女将と息子が藤吉の妻子か。そして」
「はい。弟子たちが最近飲み食いをしていたのもその店でございました」
不器用ながらも優しき大切な父を貶された。父が魂を込めて懸命に作っている染め物を、尻を拭くのに丁度良いなどと。よりにもよって、跡を継がせるのが楽しみだと語っていた一番弟子に。
許せなかっただろう。店を閉めて急いで父のもとに向かい、そして。
「職人ではない息子なら工房で男に襲い掛かるというのもやってしまうだろうな。おそらく工房でもひどい罵りをしたのだろう。若さゆえ己を、怒りをおさえられなかったのだな」
「藤吉ののらくらした取り調べはおそらく倅が逃げるための時間稼ぎ。一度しらを切ってから潔く認めれば誰もが藤吉が下手人と思いますからね。店はもぬけのからでした」
「そうであろうな。だから今回の事はアレに全て任せた。奴は野心が高い、そろそろ褒美か出世をさせなければてきとうに争い事をでっちあげて、自分がさも解決したように見せかけてしまうからな」
「そちらは引き続き見張ります。何かあればお伝えいたします」
ここまで来てはもはや覆らない。藤吉に息子がいたという事実は証明しようがないし、それにその息子は姿を消している。何より藤吉本人が、自分が殺したと認めているのだから。
否、「己が殺した」とは一言も言っていない。そう周囲が思い込んだだけだ。
「これで終わりに?」
「せざるを得ん。藤吉が奉行所に来た時点で全てが遅かったのだ」
「だから奉行所ではなく俺を先に使ったのですね。息子の行方を探しましょうか」
「よい。……大体予想がつく。収まるところに収まる」
そう語る奉行の顔は憂に染まっている。その様子に、咫種は頭を下げその場を後にした。
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