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ざくざくと草履で山道を踏みしめながら、山へと続く道を歩いていくと、みくたち近隣の村人たちもよく知る洞窟が見えてきた。
登山が許可されている時期なら、登山する村人たちの憩いの場となる小さな洞窟の前で大きな銀色の何かが光った気がした。
みくは足早に向かったのだった。
「誰かいますか……?」
そうっと声を掛けながら近づいていったみくだったが、洞窟近くの大きな木からぶらさがっていた縄に気が付くと、目を見開く。
その縄の先には、一人分の頭が入るくらいの輪が出来ており、それを今にも首にかけようとしていた鎧姿の男の背中があったのだった。
「何をやっているんですか!?  やめてください!」
風呂敷包みを放り投げて、みくは鎧姿の男の背にしがみつく。
汗と血が混ざった不快な臭いをした大柄の男は、振り返ると目を瞬いたのだった。
「君は……」
「何があったのかは知りませんが、早まらないでください! 死んだって何も意味がありません!」
帝国軍の紋章が刻まれた傷だけのシルバーグレイの鎧に、短い金の髪、無精ひげの生えた顔には、みくと同じ濡羽色の両目があった。
この男がおばさんが話していた金の鬼の正体で間違いないだろう。
生気のない目を向けてきた鎧姿の男を、みくはじっと見つめ返したのだった。
「帝国の騎士ですよね。何があったかは知りませんが、死ぬなんてあまりです……」
「君には関係ないだろう。放っておいてくれ」
「放っておけません! 生きていれば良いことがあります。それを無駄にするなんて許せません!」
「うるさい! 邪魔をするな!」
乱暴に突き飛ばされて、みくは地面に身体をぶつける。
転んだ時に擦れた頬と肘が痛く、衝撃で簪が飛んでいき、まとめていた黒髪が胸元に落ちてきた。
それでも、彼を止めなければと、みくは立ち上がると、縄を持つ男の手を掴んだのだった。
「何をする!? 離せ! 離すんだ!」
「離しません。離したら貴方は首を吊って死ぬんでしょう!? 何度突き飛ばされてもそんなことはさせません!」
「離せ! 死なせてくれ! 帝国随一の騎士と言われたおれでも、仲間を……誰も救えなかった……。部下も死なせ、徴兵されてきた兵たちも犬死にさせてしまった……。もう生きている意味なんてないんだ……」
「生きている意味ならあります! だから、死なないでください! やめてください……!」
涙が溢れてきて、視界が歪んだ。
それでも男はみくを突き飛ばすと、縄を首にかけた。
地面から足がわずかに浮いて、枝がしなって音を立てた時だった。
バキッという音が聞こえてきたかと思うと、男と一緒に縄をかけていた枝が地面に落ちてきたのだった。
「あ……」
「くっ……」
あんぐりと口を開けたみくの目の前に枝葉をまき散らしながら、男は尻もちをついた。
そうして、「クソッ!」と叫ぶと同時に、地面を殴ったのだった。
「まただ、また死に損なった! どうして死ねないんだ! 今回こそは死ねると思ったのに……」
地面に八つ当たりする男があまりに滑稽で、とうとうみくは噴き出してしまったのだった。
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