【短編】敗走の騎士は、贖罪の騎士となりて

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「ふ、ふふふふふふ……」 「わ、笑うな! これは見世物じゃないぞ!」 「だって、死に損なって、地面に八つ当たりしている姿がおかしくて……。かっこいい騎士さんが台無しです」 「おれはかっこよくないし、騎士でもない。……ただの敗走者だ」  きまりが悪い顔をした騎士は近づいてくると、地面に膝をついていたみくを助け起こしてくれる。  みくより少し年上だろうか。無精ひげが生え、小麦色の金の髪は汚れて乱れてはいるが、よく見ると年若く、面長の整った顔立ちをしていた。 「ありがとうございます。でも、死ぬなんてもったいないことをしないでください。生きていればいいことがあります」 「良いことか……帝国が敗戦した以上、良いことがあるとは思えないが」 「広く見ればそうかもしれません。でも、この島で細々と暮らす限りはあるかもしれませんよ」 「そうか……?」 「ええ。きっとそうです!」  みくは男に背を向けて、落ちていた簪を袖で拭くと、髪を一つにまとめた。  放り投げたままだった風呂敷包みを拾い上げていると、男に声を掛けられたのだった。 「君は、この島の娘か?」 「そうです。生まれも育ちも、この島です」 「その割には、帝国の血が混ざっているな。黒髪に紫色の瞳なんて、この島の出身には、そうそういないはずだ」 「そうですね……。亡くなった祖母が帝国からやってきた移民だったんです。わたしの目はその遺伝だと聞いています」  みくは菫の様な紫色の瞳を男に向けて、笑みを浮かべた。  すると、男は「おれとは逆だな」と、小さく呟いたのだった。 「おれの母は、この島から連れてこられたんだ。この島を訪れた騎士だったおれの父に、帝国に無理矢理連れて行かれて……おれを産んだ」 「お母様はいまも帝国に?」 「いや。ずっと前に死んだ。優しい母には帝国の空気が合わなかったんだ。おれは騎士だった父の跡を継いで騎士になった。帝国随一の騎士・カイトスに」 「カイトス様……って、聞いたことがあります。帝国の船に漁の邪魔をされていたこの島の船を救ったと」 「あれは救ったなんてものじゃない。帝国に交渉しただけだ。それにおれはもう騎士じゃない。ただの死に損ないだ」 「わたしの祖父は漁師だったんです。もう死にましたが……。私だけじゃありません。この島の多くの漁師が貴方のおかげで、漁が出来るようになりました。全て貴方のおかげです。貴方は島が誇る自慢の騎士です」 「おれは……」 「良ければ、村に来てください。きっと、村のみんなも……いいえ、島中がカイトス様を歓迎してくれます」 「おれは行けない。この洞窟の側に最後の部下だった者が眠っているんだ。彼を一人にしておけない」 「部下だった……?」 「死んだんだ。この島に来てすぐに。いまはそこで眠っている」  カイトスが指さした方を見ると、洞窟の側にはこんもりと盛り上がった土の山があった。  その上には、シロツメクサやタンポポ、どこかの木から折ってきたと思しき白梅、まだ咲ききっていない桜が供えられていたのだった。  みくはその山の前に膝をつくと、両手を合わせて、目を閉じた。  しばらくして顔を上げると、「これは……」と、腕をつかまれたのだった。 「血が出ている。服にも血が滲んで……」  言われるまで気づかなかったが、くすんだ橙色の袖には、薄っすら血が滲んでいた。  袖の上から腕に軽く触れると、肘にピリッと軽い痛みが走ったのだった。 「ああ。さっき、地面にぶつかった時に擦ったんですね。でも、大丈夫です。家に帰って消毒すれば……」  そう言いかけている間に、カイトスはみくの細腕を持ち上げると顔を近づけた。  そうして、肘に出来た傷口に舌を這わせたのだった。
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