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「カ、カイトス様……。何を!? 」
「傷を消毒しているんだ。おそらく、おれが突き飛ばした時に出来た傷だからな」
「そこまでしなくても大丈夫です! 家に帰って止血すればいいだけですから!」
舐められる度に傷口が染みて、肘に痛みが走る。
けれども、痛みと同じくらい、みくの心臓は激しく音を立てたのだった。
腕を振り払うと、赤面した顔を見られたくなくて地面に目を向ける。
そのまま下山しようとカイトスに背を向けて歩き出したところで、足に違和感を覚えたのだった。
「あれ……」
「どうした?」
「なんだか、左足に違和感を感じて……」
カイトスは近づいてくると、「見せてみろ」とみくの身体を持ち上げて、近くの岩の上に座らせてくれる。
その前に膝をついたカイトスがみくの左足に触れると、鈍い痛みが走ったのだった。
「どうだ。痛むか?」
「少し、痛いです……」
「ぶつけた拍子に足を捻ったのかもしれん。村まで歩けるか?」
その言葉に、みくは閃いた。
わざと痛がる振りをすると、「ちょっと、無理みたいです……」とカイトスに訴えたのだった。
「一人で下山できそうにないです」
「それなら、誰か呼んでくる。少し待っていて欲しい……」
「そこまでしなくても、カイトス様がおぶって連れて行ってください」
「おれが? だが……」
「ここにはまた戻ってくればいいだけです。だから、お願いです。村まで連れて行ってください」
両手を合わせて執拗にねだると、カイトスも諦めたのか、大きくため息をついたのだった。
「わかった。だが、君を村まで送ったら、ここに戻ってくる」
「ありがとうございます。では、お願いします」
鎧を纏った大柄な背にしがみつくと、カイトスは立ち上がってゆっくり歩き出す。
村までの下り道を歩きながら、「言い忘れていたが」とカイトスは口を開く。
「おれはもう騎士でもなんでもない。ただの敗走者だ。だから、様付けはやめてくれ」
「じゃあ、なんて呼べば……」
「カイトスでいい。敬う必要もない」
「わかりました。カイトスと呼びますね。わたしのことはみくと呼んでください」
「だから、敬う必要はないと……まったく……」
そんなことを話していると、やがて墓場を抜けて、村へと戻ってきたのだった。
「あれ。みくちゃん……と、その騎士は誰だい?」
萱葺き屋根の家まで戻ってくると、ようやく掃除が終わったのか、竹箒を片付けたおばさんが声を掛けてきたのだった。
「ちょっと、転んで足を挫いてしまって……。そうしたら、そこで知り合った騎士のカイトスが助けてくれたんです」
「騎士のカイトス様って、あの島の英雄の!?
戦場から遁走して、今は行方不明って聞いていたけど、まさか、この島に来ていたなんて……!みんなに言わなきゃ!」
「いえ、奥方。おれはもう騎士じゃなくて、ただの敗走者で……」
けれども、カイトスが言いかけた頃には、既におばさんは「騎士のカイトス様が来てるってよ~!」と言いながら、村の中心部に向かって走って行ったのだった。
呆気にとられたカイトスに、みくは「あはははは……」と乾いた笑いをするしかなかった。
「すみません。おばさんは決して悪い人ではないんですが、ちょっと人の話を聞かないところがありまして……」
「そ、そうか……」
そうして家の中に入ると、三和土に降ろしてもらった。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、おれはこれで……」
「待って下さい!」
カイトスの籠手を掴むと、濡羽色の瞳と目が合った。
「せめて、送っていただいたお礼をさせて下さい。お茶くらい淹れるので……」
「そもそも君が怪我をしたのはおれの責任だから、礼は不要だ。
それに、あまり長居するわけにも……」
「わたし、この家に一人で住んでいるんです。怪我をしているからか、いつもより不安で……。カイトスが側についていただけるなら、平気な気がするんです」
「この家に女性が一人で……」
「一年前に祖母が亡くなってから、ずっと一人なんです……だから、カイトスが一緒にいてくれると心強いです。ね?」
「そこまで言うなら……」
三和土に慣れていないのか、靴を脱ぐのに時間を掛けつつも、カイトスは土間に上がったのだった。
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