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特にこれといった特徴も特技もないはずの俺が、どういう訳か職員室で先生に頭を下げられています。何で。
俺が怒られるのでもなく千翔星が怒られるのでもなく、先生が頭を下げている。ただのイチ生徒に。いやまぁ、千翔星の方はケンカの後ものすんごく長いお説教を受けてしっかり叱られたんだけど。今回も相手の方が悪いってことでギリギリ処分ナシだったけど。ギリギリはギリギリだし、やっぱりそう何度も見逃されることじゃないらしい。
そう考えながら俺に向けて下げっぱなしにされている先生の頭頂部を見つめる。まだ大丈夫か。ふさふさしてる。
俺がぼうっとしていると先生はまた「頼む」と口にした。
それ頭下げられる前にも言われた。だから何を。
「お前しかいないんだ。生徒に任せるのは申し訳ないところもあるが…」
「はあ」
「彼のケンカを止められるのはお前しかいない。今後も彼が悪さをしないよう、出来ればお前が見張って、」
「は?悪さ…?」
大体の言いたいことは分かった。だが聞き捨てならない言葉が聞こえた。先生相手にピキッと青筋が浮き上がるほど怒りが沸き上がって、今にもキレ散らかしそうだ。まだ理性が勝ってる今はそんなことしないけど。
あいつは、千翔星は好きで騒ぎを起こしてるんじゃない。寧ろ逆なんだ。あいつは静かに過ごしたいだけなんだ。なのにまるで、千翔星が悪いみたいに言う。確かに良くないこともしたかも知れないが、それでも俺は自分でもびっくりするくらいに怒っていた。
その毛根全部毟るぞこの野郎…。だがそんなことをしても何の解決にもならない。というか怒られるじゃすまない。
俺のすげー怒ってますよオーラに気づいたのか、先生はあわあわと言葉を訂正しようとして「とにかく」と続けた。続けんのかい。
要約すると、まぁ千翔星がこれ以上騒ぎを起こさないよう見張ってて欲しいとのこと。理由は俺が彼と仲が良いから。らしい。そりゃどうも。そして明確な処分をしない理由は、千翔星の成績の良さにも関係しているらしい。
学年テストどころか全国模試でもその気になれば一位を取れる彼を、学校側としてはなるべく丁重に扱いたいのだ。何でって、学校の評価に関わるからかな。そんな大人どものくだらん理由なんか知らないが、つまりはそういうことらしい。
毟っていいか?
彼の事を見張るどうこうはともかく彼が望まない行動は俺も望まない。だからもちろんまたあんなことが起こりそうなら止めに入るし、そうならないようにもしたいと思う。けど、他人に…いや先生だが、部外者に彼のことをどうこう言われるのはとてもかなりまあまあすごく大分不愉快なことが分かった。
俺だって別に、身内気取りではないけれど、少なくともお前らよりは分かってるよバァーカ!!!と言いたくはなるよ。
何を分かってるのか分かんないけど、そもそも俺こそ部外者なのかも知んないけど、それでもどうこう言われるのはかなり不愉快だった。
優しいんだ、あいつ。
傷つけるのを楽しんでる訳がないんだ。
だっていつも、痛そうにするんだ。すごく。
もちろん褒められたことじゃないかもだけど、それでも。あのカオを見て、何も思わないのかよ。自分たちも殴られるかもって怖がって、それはまぁ仕方がないとしても、その過ぎた恐怖心で避けて罵って、謂れもない噂を広めて。それがあいつを殴ってるって思わないの。
それが全然痛くないとでも思ってるのか。あいつの優しさは誰が見てくれるの。
あいつの声は、誰が聞いてくれるの。
アカンこれ。職員室を出てから、張っていた糸が切れたみたいに緊張が解けた。結局色々なことがごちゃ混ぜのまま、怒りたいのか悲しいのか分からなくなって、ぽろぽろ何かが頬を零れた。
悔しい。一番は何も出来ない俺自身が悔しい。
言い返せなかった。上手く反論出来なかった。守りたいと思うのに、思うだけ。それで満足したい訳じゃないのに、それでいいよって言ってくれるあいつの優しさに甘えてる自分が、一番無力で浅ましく思えて、悔しかった。
本当はさ。
誰が傷ついてもいいんだ、俺は。聖人君子なんかじゃないからそんなこと思っちゃうんだよ。
ただ、お前だけは…。そんなカオしないでって、傷つかないでくれって、いつも願ってるんだ。俺の声に耳を傾けてくれる度に、嬉しいのにもどかしくなるんだよ。そんなこと知らないだろうな。知らなくていいよ。俺の身勝手なんだから。
そう言えば職員室の外で待ってるって言ってた千翔星がいない。まさかまた、この短時間で絡まれたんだろうかなんて心配になったけれど…。俺が泣き止んですぐにひょこっと姿を現した。
どこにいたんだろう。目立つくせにたまに気配がなくてちょっとビビる。忍者かな。
「終わった?」
「終わった」
「ゴメンね、トイレ行ってた」
「いいよ、帰ろ」
「あきと」
「ん」
「チョコあるよ」
どこからか取り出したそれを箱ごと渡してくる姿に思わず吹き出してしまう。今度はポッキーゲームじゃないんだ。
いつも通り。ぼんやりした千翔星でほっとする。
いつか、俺が「疲れた時にはチョコレート食べるといいよ」だなんて言ったからか、彼はいつもチョコを持ち歩いているらしい。可愛い。
ありがたく受け取ろうとするとひょいと箱を持ち上げられて、意地悪されたのかと思った。けれど彼は真剣な顔で言う。
「食べさせようか」
「いや、自分で食べます」
またちょっとしゅんとした気がするが、すぐに元のぼんやりした顔に戻った。おもしろ。
彼は自分では無愛想だと思ってるみたいだけど、ホントはこんなにも表情豊かなんだよなぁ。
あぁ。好きだな。
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