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本物のキス
「あっ、ヤバい!」
僕の向かい側で餃子を食べながら彼氏が言う。
「明日、朝からキスシーンあるんだった!」
「えっ」
僕の彼氏は売れっ子若手俳優。顔だけじゃなくて、演技力も認められている彼のスケジュールは毎日のように埋まっている。
ふたりで作った餃子には、大好物のニンニクがたっぷりだ。
これを食べた後のキスって……相手の人は嫌な思いをするんじゃないかなぁ……。
「ミントのガム、あるよ」
「効くかなぁ……」
「コーヒーとか紅茶とか、食後に飲んだらマシになるんじゃない?」
「うーん、それより……」
彼は立ち上がり、僕の隣に移動して来た。
「キスするんだぞ?」
「え、そうだよね。キスシーンなんでしょ?」
「もっと、嫉妬しなさい」
「嫉妬って……」
最初の頃は、僕より可愛い女の子との共演なんかにいちいち傷付いていたけど、最近は心が強くなったから平気。彼の一番は僕だって……ちゃんと信じているから。
「……仕事のキスは、キスじゃ無いよ。たぶん……」
「それじゃ、このキスは?」
「ん……」
ちゅっと触れるだけのキス。
それは、あたたかくて、優しくて、ふわっと餃子の味がした。
「明日の練習したいなぁ」
「今、したよね?」
「もっと、すごいやつ」
「……そんなの仕事でしたら怒る」
「ふふっ、冗談」
もう一度、くちびるが重なる。
彼の、演技じゃない、本物のキスを独り占め出来るのは、僕だけ――。
「明日、帰ってからならいっぱいしても良いよ」
「やっぱり妬いてる?」
「妬かない」
「ふ……そういうところ、好き」
柔らかく笑う、演技じゃない彼の表情。
そんな顔を見せるのは、この先ずっと、僕だけにしてね。
小さな独占欲を隠すために、今度は僕からキスをした。
台本の無い、穏やかな日常。それをこの先いつまでも過ごしていきたい。そう思った。
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