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そういうわけで、私はその日をきっかけに、少しずつだが稲見先生と気負いなく話せるようになっていった。
とはいえ、教師と生徒という関係上、放課後に苦手な数学を教えてもらうついでに、捨て猫の様子を訊くことくらいしかできなかったけど。
だけど、それも今日で終わり。明日の卒業式は、絶対に先生の第二ボタンをゲットしてやるんだから!
高校生活最後のHRが終わった後、私はすぐに教室を飛び出した。そしていつも通り、颯爽と廊下を歩いてきたところをとっ捕まえる。
「稲見先生!」
スーツジャケットを翻した先生は、声の主が私だと気づくと「あぁ」と応じ、険のある顔をほんの少し和らげた。
「日比野か。どうした?」
尋ねた先生に向かって、ちょいちょいと手招きしてみせる。
「……ん?」
そんな私に訝しげに眉を寄せながらも、先生は指示通りに上半身を屈めて、耳元を近づける。
私は、その少し尖った形の良い耳に唇を寄せ、こう囁いた。
「明日、よろしくお願いしますね」
すると、流石は頭の切れる先生。このたった一言だけで、全てを理解してくれたようだ。
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