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初めてのキス
「お待たせ」
「おはよう泰智。早かったね」
「急いで来たから……」
「だろうね。じゃあ、行こうか?」
「うん」
そう言って、君が僕の一歩先をゆっくりと歩いて行く後ろから続くように着いていく。
駅の向こう側――君は、僕の行ったことのない場所へと向かっている。
ここに住み始めて何年も経つのに、僕は駅の向こう側へ行ったことがなかった――というよりも、行く機会もなかった。
会社に行って、帰るだけの毎日。
実家に帰るときも、電車に乗ってしまうし、友達に会うって行っても、結局実家付近まで行くことになる。
この駅までが、僕の行動範囲。
君は、どんどんと先へ進んでいく。
細い路地を抜けて、階段を登り終えた瞬間――
「うわぁ……」
僕は思わず声が漏れた。
そこには、とってもキレイな朝焼けが広がっていたから――。
何にも邪魔されず、目の前に広がる景色に、感動すら覚える。
「この時間にしか見れないんだ」
「よく来るの?」
「時々ね……季節によって時間帯は変わるけど、今はこの時間」
「素敵だね」
「うん。嫌なことがあっても、ここに立てばリセットされる。勇気が出るんだ」
真っ直ぐ前を向いたまま言った君の横顔を見つめる。
鼻筋が通ったキレイな横顔――でもその横顔は、何だか少し寂しそうにも見える。
「伊織……?」
君の名前を呼ぶ――振り向く素振りはない。
「どうかしたの?」
もう一度、声を掛ける。
「好き……なんだ」
低い小さな声で告げてきた君。
でも僕は、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「あの……」
聞き返そうとしたその時――正面を向いてた君が、僕の方へと振り向いた。
「やっと気付いたんだ。俺、泰智が好きだよ」
「本当……?」
真っ直ぐ目を見て伝えられた言葉。
思わず聞き返した僕に、優しく微笑んでくれた。
気が付くと、僕の頬に涙が伝っていく――その涙をそっと指で拭ってくれた君。
「大好きだよ……」
そう言って、軽く顎を持ち上げられると、唇が重なった。
ゆっくりと目を閉じる。
朝日に照らされながら、僕たちは初めてのキスをした。
僕たちがあの日出会ったのは、偶然なんかじゃない。
きっと、運命だったんだ。
君に出会えた奇跡を、これからも忘れない――。
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