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「一体、なんのこと?」
「えっ?」
「何を見たっていうわけ?」
「何をってそれは…」
「口に出来ないなら、それは見てないのと同じじゃない?そもそも、私にはあなたが何を言ってるのか分からない。武司のことが好きだから、あることないこと言って、夫婦仲を引き裂こうったって──」
「男の人と、キスしてましたよね?」
とうとう、言葉にしてしまった。
もう訂正し、無かったことにすることはできない。
けれど舞子は眉ひとつ動かすことなく「証拠でもあるわけ?」と言ってのける。
「変な言いがかりやめてくれない?」とまで。
もちろん人違いだという可能性もあったし、信じたい気持ちもあったんだ。
優しくて思いやりに溢れた夫と、家庭を守る妻。
温かみある理想の家族を前に、目にしているものが本物なんだと信じたかった。
でも…。
「靴が同じでした」
私が静かに告げると、舞子の顔にわずかな動揺が走る。
「はぁー?」
「スパンコールの靴が同じだったんです。あと深緑のドレスもリビングにかかってました。普通の服なら万が一、同じひとがいる可能性もあるけど、珍しいドレスと靴が一致することはありません」
きっぱりと断言をし、私たちはしばし睨み合う。
先に視線を逸らしたのは、舞子のほうだった。
でもそれは敗北を認めるものではなく、私を鼻先で嘲笑う。
「言いたければ言いなさいよ」
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