ワガママな君へ

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
通話の切れたスマホを眺めて、大きく息を吐き出した。その息が震えていることに気づき「ああ…」とまた息を吐く。 俺の頬を滑り落ちた涙が、ポタリとスマホ画面を濡らした。 電話の相手は、俺の大好きな人だ。 可愛い顔をして、ひどい彼女。 二日前に俺を好きだと言ったその口で、もう違う誰かを好きだと言う。 それでも俺は、彼女を嫌いになれない。 どうしようもなく彼女に囚われてしまったんだ。 まるで花の蜜に引き寄せられたミツバチのように、彼女は俺の前に現れた。 ひたすら俺の周りにまとわりついて、捕らえようと腕を伸ばすとチクリと刺して逃げてしまう。 もとより俺のものにならないことはわかっていた。彼女には遠距離恋愛中の恋人がいたから。 だけど彼女が、俺の求めるままにキスをして、俺の腕の中で甘く鳴くものだから、錯覚してしまったんだ。 俺達は恋人だ…って。 俺の彼女への想いは積もりに積もって、もう抑えきれなくなった。 このままでは辛すぎると離れる決意をしたタイミングで、彼女が言った。 「恋人とは別れる。私はあなたが好き」 俺は嬉しかった。夢じゃないかと舞い上がった。夢じゃないと確かめるように、何度も彼女の中を穿った。彼女は俺の腕の中で甘えてねだった。俺は幸せだった。 翌々日の夜に、彼女から電話が来た。 喜々として出た俺は、奈落に突き落とされた。 「やっぱり恋人が好きだから、あなたとは付き合えない」だそうだ。 俺はすんなり「わかった」と言って電話を切った。 なんとなく、こうなることをわかっていた。 だって彼女は、自分勝手でワガママだから。 俺は、こんなにも愛しているのに。 俺は、おまえだけなのに。 俺の気持ちは永遠に報われない。 報われない想いが、こんなに辛いとは思わなかった。 彼女への想いに疲れて何もかもどうでもよくなった俺は、車でガードレールに突っ込んだ。 でも、命はなくならない。 そう簡単には、死ねない。 病院から家に戻って、彼女を想う。 彼女の写真を見ようとスマホを手に取って、彼女からの着信履歴を見つけた。 彼女の番号をタップして声を聞いたら、もうダメだった。涙が溢れて止まらなくなった。「死のうと思った」と言った俺に対して「そんな悲しいことを言わないで」と優しい声を出した彼女。 でも俺は聞こえたよ。 小さく「そんなの迷惑だ」と言ったこと。 通話を切って、吐き出した息がひどく震えていることに気づいて、まだ涙が流れていたのかと溜息を吐く。 なあ、恋人を選んだのなら、もう俺の前に現れるなよ。お願いだからおまえから離れてくれ。でないと俺は、またおまえに焦がれてしまう。 スマホをベッドに放り投げて、窓辺に寄って窓を開ける。 空に微かに瞬く秋の星座を見つけて、彼女と行ったプラネタリウムを思い出しながら、また震える息を吐き出した。 (終)
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!