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仕事にとても疲れていたので、また、今日が金曜日と言うこともあり、退勤後に記憶レンタルショップへ向かった。
「あれ、名護さん、久し振りじゃないですか!」
「やあ。久し振り」
「今日は?」
「えーっと……なんか、スカッとするやつがいいな」
スカッとですか~、とショップ店員の烏帽子くんはタブレットで検索を始める。
今時珍しく髪も染めていない烏帽子くんは何処からどう見ても好青年だったが、ここのショップの制服のエプロンがどういうわけだか、黒地に白いドクロとバラ、そこに渦巻くヘビの絵があしらわれているデザインの為、かなりギャップがある。
初見の客はちょっと声をかけるのを躊躇ったりするんじゃないだろうか。……まぁ、こんなお高い店、若者なんて滅多にこれはしないだろうし、来る客は皆胆が据わっているようにも思う。
それか、罰ゲームだろう。
「先日の、無差別連続殺人犯の記憶とかありますよ~」
「……それってスカッとするのかな…?」
「どうですかねー。まぁ、思っているままに欲求を満たしているわけですから、抑圧された名護さんにはスカッとするんじゃないですか?」
「別ので頼むよ」と苦笑すると、「御意でーす」と烏帽子くんは八重歯を覗かせて笑った。……前言撤回。烏帽子くんは好青年に見えるが、実はその趣味の悪いエプロンが似合うくらい、なかなかショッキングな性格の持ち主である。
「うあーっ!」
俺以外には客の居ないように見えた店内の奥――個室ブースの先――から、くぐもった悲鳴が聞こえた。
「……」
「あー、前崎さんですよ。常連の。先程の無差別連続殺人犯の記憶を借りて観てます」
「……まさか、貸し出し中だったとは……」
それに、個室ブースは防音性に優れていたはずだ。一体、どれ程の声量で叫んでいるのか。
「………ねぇ、殺人者の記憶の一般人のレンタルは違法じゃなかったっけ?」
「あはははは。ねぇ? 警察管理用エリアから一般レンタルに間違えて置いちゃってたのかな?」
「………君、さっき俺に勧めてなかったっけ?」
「え? そうでしたっけ?」
烏帽子くんは調子よくとぼけて、またタブレットの上に指を走らせた。
闇ルートで犯罪者の記憶は高く取引されているようで、警察の取締りも強化されている筈だった。烏帽子くんは警察からの信頼を逆手に取り、こう言った一般人貸し出し禁止の記憶をポンっと普通にレンタルさせたりする。曰く、人の反応を観るのが楽しいのだとか。
見た目についつい騙されがちだが、この男はなかなかな性格の持ち主なのがわかる。
「あっ、そう言えば被害者側の記憶も最近入手しましたよ~」
「………冗談だよね? それこそ……」
信じられない目で烏帽子くんを見詰めると、両えくぼを浮かべて烏帽子くんは笑った。
「ああ、スカッとしないですよね~」
「………そこじゃないんだけど?」
「あはははー」
「被害者用の記憶こそ、出回っている訳無いじゃないか………。だってそれは、」
烏帽子くんはまたも八重歯を覗かせて笑みだけ浮かべ、また画面へと視線を落とした。―――こうも、笑う時に沢山のチャームポイントを発揮するくせ、その笑わせている事象か残酷というギャップがあるのは……逆に怖い。
俺は時々、この全く無垢そうな好青年が怖い時がある。
「あっ。世界チャンピオンに輝いたダンサーの記憶なんてのはどうですか? ちょっと長いですけど……努力が実って、文字通りスポットライトを浴びる経験は、管理職でもサラリーマンやってる名護さんには絶対に出来ない経験ですよー!」
「………ああ、じゃあそれで…」
「御意でーす」
悪気があるのか無いのか、烏帽子くんはそう言う物言いの時がある。変な客から恨みを買ったりしないものなのか、時々不安になったりもする。
俺はやれやれと溜息をついてオーダーした。ダンサーの人生にあまり興味が無かったが、やっとまともな提案が貰えてちょっと「犯罪関連以外ならなんでもいいや」と思い始めていた節がある。
「十五万円でーす!」
「あれ? 安いね?」
「今日はどんな記憶も十五万円均一です!」
「…ああ、だから、」
常連の前崎さんは恐らくかなり高額のはずの犯罪者の記憶をレンタルしたのか……と思ったが、口にはしなかった。
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