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「目を開けて下さい」
「……」
「どんな気分ですか」
「……」
ペンライトを目に当てられて不愉快に思ったが、先程の恐怖心や感じたことの無い程の痛みから解放されたのかと思うと、その不愉快さなど些末なことだと思った。
(…………助かっ、た………?)
額を濡らす汗を拭おうとしたが、手が動かなかった。見ると椅子の肘起きにきっちりと拘束されていた。
(あれ? 此処は? レンタルショップ…?)
何処からが自分の記憶だった? 酷く混乱した。傷は? 全部、別の記憶?
「お名前、わかりますか?」
「……」
「此処が何処だかわかります?」
「……」
まだ混乱している。息が浅い。「深呼吸して」と言われるまま、三回ほど深く息を吸っては吐いてを繰り返した。
それをしっかりと見守っていた男は三回目の深呼吸が終わるなり、ゆっくりと切り出した。
「貴方は前崎勤さんです」
「……」
「此処は刑務所で、先程の記憶は貴方の記憶ではありません」
「……」
「貴方が殺した、名護信弥さんの記憶です」
気分はどうですか? と警察官とおぼしき人物は重ねて訊く。
人物、と言うのは正しい表現では無いかもしれない。もう随分と昔から、警察官など危険を伴う職種はロボットが勤めることになった。だから彼らは、『警察官』という役割を与えられた、心の無いロボットである。
「………名護さんは、亡くなってしまったんですね……」
「はい。貴方が殺しました。奥様とお子様を残し、さぞ無念だったことでしょう。最期の記憶はどうでしたか?」
「……」
なるほど、心の無いロボットだ、と思った。
また、『自分』を取り戻して思うことは、犯人は自分ではないと言うことだ。
「………あのレンタルショップ屋を捕まえて下さい。私に犯罪をさせたのはあの男です。烏帽子と言います」
確かにあの時、世間を騒がせた無差別連続殺人犯の記憶が再生された。記憶のレンタル、記憶を観る、と表現するが、記憶のレンタルとは、“本人の記憶を体験する”ことで、客観的に観るのとは違う。だからこそ、記憶の再生が終わればしっかりと意識確認を行う義務がある。
それを怠ったことを責めているのではない。
自分はあの時、“世界的マジシャンの記憶”のレンタルをお願いしたはずだった。
「仕組まれていたんです。私が無差別連続殺人犯の意識のまま、誰かを殺すようにと」
「そんなはずはない」
断言に近い言い方が気になった。予てより、何故あの、少し性格に難のある若者がこんな重要な職を任されているのか気になっていた。
「………何故、重要な記憶レンタルショップを任されているのが、烏帽子さんなんですか?」
「烏帽子烏帽子と言うが、奴に固有名詞は無い。そいつがそう名乗っているのかはわからんが、そいつも我らと同じ、警察だ」
ショックと混乱で、どんな言葉も発することが出来なかった。
しかし少しずつではあるが、カチリカチリとピースが合うように、思考が答えに結び付いていく。
――――嘗て、ロボットと共存する世界をテーマに描かれた作品では、ロボットがロボット三原則を無視して人間を追いやる描写があったとか――――…。
嘗て、人間はロボットとの共存に憧れながら、恐怖していた。……らしい。
もう既にロボットとの共存なんてものは当たり前で。ロボット達にも何の不満もなく生活が続いているのだと思っていた。
だから自分は、未知のものは誰でも怖がるものだな、と……過去の考え方だと……、自分には関係無いのだと、思い込んでいた……。
「………こうして少しずつ、人間を減らすのか?」
「何の事だかわからんが。将来オレが『人間史』を書くなら結末はもう決めてあるんだ」
彼は酷く人間らしい―――非人道的な笑みを浮かべて、声高らかにこう言った。
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