【序】疑命

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【序】疑命

〜東京都新宿区〜 深夜0:26。 先端医療工学大学病院に、救急車が到着した。 通報を受け、騒めき立つER内。 ERの看護師と外科医 駒倉(こまくら)が受け入れる。 「有藤先生、特患です❗️」 「らしいな」 外科医、有藤(ありとう) 裕巳(ひろみ)。 外科部長兼務の循環器外科の専門医である。 「高嶺(たかみね) 寛三(ひろみつ)か…」 「はい!」 「警備員に、報道陣を絶対入れるなと言え!」 テレビを見ていた有藤が動く。 (全く…よりによって今夜とは) ストレッチャーを移す間に、自ら救急隊員に状況と容体を聞く。 「患者は高嶺寛三、75歳。ヒルトン東京25階の非常階段で警備員が意識不明の状態で発見。搬送時、血圧微弱で測定できず。車中で心停止し2分経過。血液型はB型。外傷はありません」 「患者は第一オペ室へ。加賀は人工心肺を! 田中はB型血液あるだけ持って来い❗️」 差し出された種類にサインする。 「ご苦労さん」 オペ室に入ると、駒倉が心臓マッサージをしようと、患者に手を当てかけていた。 「やめろ! 大動脈瘤の破裂だ、今心臓動かしたら、確実に失血死する。加賀、院長を呼べ」 人工心肺装置を準備し掛けていた加賀。 その目が入り口を見る。 「私ならもう居る」 既に術衣に着替えている。 院長、常盤(ときわ) 莉里(りり)。 院長であった母親が亡くなり、本大学卒業と共に、後を継いだ若き院長。 『神の手』とまで言われる、天才的な技術。 母に似て少々傲慢(ごうまん)だが、その頭脳と実力に、異を唱える者はない。 「ついに破裂()っちまったか。有藤、どれぐらいだ?」 「良く見積もって、10…ってとこか」 「仕方ない、直ぐに開胸し、破裂箇所をクランプ。人工心肺が稼働したら、輸血は私が繋ぐ。田中は親族へ電話を、繋がったら代われ」 手際良く衣服を切り裂いて消毒を施す。 加賀がモニターのスイッチを入れ、胸部にカメラの位置をセットする。 「開胸します」 躊躇なく有藤が執刀し、胸骨を切除、開胸器具で胸を開き、縦隔膜にメスを入れた。 大量の血液が噴き出す。 想定していた駒倉が、助手として素早く吸引し、周りにガーゼを詰める。 「院長繋がりました」 「スマホをスピーカーに切り替える田中」 「もしもし、私は息子の…」 「親族なら誰でもいい。先端医大病院の常盤だ。動脈瘤破裂で緊急オペを始めた。危険だが仕方なく人工心肺を使用し、大量の輸血も行う。承諾を」 「いったい…どうなって…」 「承諾するかしないか答えろ❗️」 「わ…分かった。お願いします」 あとは田中に任せる常盤。 これほど鬼気迫った院長を、見たことがない。 「破裂部位のクランプ完了! 」 「人工心肺可動。心中静脈カテーテルより、輸血を開始する」 ※心中静脈:心臓の中心を通る太い静脈。 「心中静脈から輸血を?」 「出血の量と経過時間から、脳を守るにはそれしかない」 話しながらも右の内頸静脈からカテーテルを挿入し、心中静脈へと繋ぐ常盤。 「輸血開始、バイタルは?」 (エコー無しで、もう心中静脈へ…) あり得ない早さに、驚く有藤と駒倉。 「脈拍60、血圧80と61、自己呼吸なし、体温25.5度に低下」 「脳波計測、輸血最大の5(ml/分)に増量」 (失血死寸前ってとこか…マズイな) 吸引器に溜まった血量に目を細める。 「院長、谷原大臣からお電話です」 (やけに早いな…) 「田中そんなもの切って、体内センサー作動、各臓器の数値をモニタリング。多臓器不全を起こしたら終わりだ」 「体温依然低下中」 目を見合わす常盤と有藤。 「患者の正脈に合っていない」 「だな…やるしかないか」 その判断で人工心肺装置のスイッチを切り、バイパスをクランプする有藤。 「挿管し手動呼吸開始、急げ!」 そう言って、心臓を片手で掴む常盤。 触手による心臓マッサージを始めた。 危険を知らせる警告音が鳴り響く。 バイタル値を見ながら、感覚で患者特有の数値を探る、正に神の手である。 「体温26度まで上昇!」 「加賀、今のバイタル値に、人工心肺装置を設定。駒倉手伝って!」 (…クッ!) 押し殺した声に気付いた有藤。 脳波モニターに目をやる。 「院長…」 「諦めるな!まだ体は死んじゃいない❗️」 蘇生処置を続けるか否か。 その判断は往々にして脳波による。 「10(%)は、かなり甘すぎたな…有藤」 「開胸手術の負担か…75歳だったな」 「既に脳の40%が機能停止。幸い右脳に集中しているから、まだ望みはあるが…」 珍しく苦悩する常盤莉里。
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