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弐
この一週間、俺は脳細胞が悲鳴をあげるほど後悔に後悔を重ねた。新卒二年目で入った大企業、上司から期待の眼差しを受けながら、俺はパソコンに向かい考えつづけた。あれはいったいなんなのか。
周囲は俺の異変に若干勘づいていたようだが、直接声をかけてくれたのは、数日間の有給を終えた仲のいい上司だった。
「いい神社を知っている」
もう手遅れです、俺はそう返す。しかし上司は、俺がなにかに取り憑かれているのだと勘違いしているようだ。負のオーラ、目の下のクマ、食欲の低下、上司はひとしきり推理を述べたあと、今すぐ行ってこいと俺の背中を押した。公認のずる休みというわけだ。
いきなり行って大丈夫だろうか、はじめは不安に感じ、ネットで口コミを探したが、どうやらあまり有名な場所ではないらしく、境内には人っ子一人歩いていなかった。
「お待ちしておりました」
年頃は四十代半ばほどだろうか、どこにでもいそうな温和な男は、極めて丁寧にお辞儀をした。その面持ちは神妙なものだった。
「話は弟から伺っております。どうぞこちらへ」
神主は上司の兄だった。彼は不思議な縁だと言い、正面に構える拝殿を通り過ぎ、境内にぽつんと佇むトタン造りに案内する。
ここは代々お祓いで使われてきたんです、神主は三畳ほどの畳部屋でそう言ってお茶をすすった。
「まずはお飲みください」
真っ白な湯呑みには冷水が入っていた。
「この水にはなにか効果があるんですか。その、聖水みたいな」
「すいません。わたくしのでお茶っ葉が切れてしまいまして。マイ湯呑みに注いでしまったものですから……」
「あっ、普通の」
「はい」神主はマイ湯呑みを丁寧に置き、「ところで、バッグの中にありますよね、なにか」
心臓の跳ねる音がした。上司から話を聞いたのならば、神主はお祓いを受けるのが俺である思うはずだ。しかし、神主はいとも簡単に見抜いた。——宗教まがいの話は信じたくないのだが。
「これは数日前に亡くなった友人のスマホです。誰かに相談できないかと持っていたのですが、まさかこんな機会があるとは」
「見てもいいですか」神主は腰の前で祈るように両手を握り、「見たくないですが……」
「俺ももう見たくないです」
スマホを起動する。電源が落ちないよう定期的に充電していたが、メモリは底を尽きようとしていた。電源まずいですね、重い空気を払拭するためそう言ったが、神主は手の平で制止し、素早い手つきで画面に白い布を乗せる。
「これはいけない」
「やっぱりそうですか。友人は神に会ったことがあるキリスト教徒なので、それを神だと言ってましたが、やはり悪霊の類ですよね」
「いえ」神主はうつむきながら言った。
「……神様です」
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