二君に仕う

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 その晩、直柾は慣れない寝屋で布団に臥し、思い悩んだ。  主君の命で見せかけであるとはいえ、本柳を裏切った。しかもこの先秋國を殺すまで、彼は周囲を欺き続けなければならない。秋國に近付くため、信用を得る必要もある。  この期に及んで、直柾は気が遠くなる思いがした。彼は演技などできないし、本来なら嘘も嫌いである。敵と思う者に味方のごとく接するなど、直情な彼の神経には不可能である。  無理だ、できない、どうすれば。  苦しみながら何度も寝返りを打つうち、直柾の頭に閃きが点った。  そうだ、演じなければいい。  心から秋國に仕える。そうすれば、演じる必要はない。  彼は、妻の言葉を思い出した。暗殺の計画を聞かされた妻は、こう言った。 「あなたのような人に裏切りを演じろなどと、あまりに(むご)いご命令です。企ては他の誰にも知らされず、ご領地も取り上げられて。もしかして本柳の殿は、我が家をお見捨てになったのではありませんか」  その妻の言葉を、もちろん彼は笑い飛ばした。しかし今は、妻の言葉が本当であったと思い込むのである。彼は、所領を奪われ無理難題を押し付けられ、主君に捨てられた。それゆえ、新たな主君に仕えることとなった。  思考が(おさ)まると、ようやく直柾に睡魔が訪れた。  彼は昨夜から眠っていない。  翌日から、直柾は粉骨砕身の覚悟で遠野のために働き始めた。以前本柳に仕えていたときと、同様にである。  同輩となった遠野の武士たちに挨拶して回り、手伝える仕事がないかと訊ねた。あると言われればそれが雑用であっても、懸命にこなした。  遠野の武士たちは当初、裏切り者の新顔である彼のことを胡散臭そうに眺めていたが、彼が献身的に働くのを見るうちに、徐々に大きな仕事も手伝わせてくれるようになった。半年も経つと、彼は城壁の修理や城下の見回りといった、重要な役目にも加えられるようになった。そうなると、秋國に目通りする機会も増える。  また遠野では、相手が本柳でないにしろ戦はあった。ここでも直柾は本領発揮とばかりに、獅子奮迅の働きを見せた。  遠野の人々と打ち解ける間、直柾は、いつか本柳へ帰る日のことを忘れることにした。  もう彼は、本柳へは戻らない。  それならば、彼は欺いていることにはならないはずである。  それは彼の意識を覆う、蓋のようなものだった。
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