プロローグ:疎遠の幼なじみ

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プロローグ:疎遠の幼なじみ

 現在の日本における夫婦関係のうち、社内恋愛をきっかけとした割合は約4割に及ぶらしい。つまり、10組の夫婦がいたら4組は社内恋愛から発展しているということになる。  職員数が軽く2000人を超えているのではないかと思われる大学病院においても、その事実は例外ではないようだった。 「日下部くん、そっちの方はどうだ? 一段落したら、昼メシでも行かないか?」 「はい。こっちもそろそろ終わります」  肝臓の組織を採取する検査である肝生検を終えたオレは、その検体の処理をするために検査室の一角で作業をしていた。臨床検査技師の先輩である皆川さんに声を掛けられ、オレは一緒に職員食堂で昼食を摂ることにした。  オレが所属している検査部は、主に臨床検査技師という職種のメンバーで構成されている。業務内容は採血や尿などの検体を処理してデータを数値化し、電子カルテへと転送する。また、様々な臓器から細胞や組織を採取する生検検査の介助、心電図やエコー検査の実施など、知られていない部分で多数の業務に携わっていた。臨床検査技師になって3年目となるが、まだまだ勉強すべきことは多かった。 「そういえば、さっきの肝生検の担当は瀬川先生だったんだろう? 最近結婚したって聞いてびっくりしたよ。同期入社としては、嬉しいような寂しいような感じだよ」 「確かにそんな話を聞いたことがありましたね。消化器内科の医者では1番若いし、腕も確かで性格も良いって聞きますよね。確か、結婚相手ってうちの看護師って聞いたような気がしましたよ」 「そうそう。相手も、瀬川先生と俺と一緒のタイミングでこの病院に来たんだよ。旧姓は桐ヶ谷さんという苗字だったかな」 「ああ……何回か会ったような気がします。ちょっとキツい感じの口調だったような気がしましたけど、綺麗な人だった記憶があります。瀬川先生もイケメンで院内では有名だし、美男美女の夫婦ってことですね」  瀬川先生と桐ヶ谷さんに限った話ではなく、院内の職員同士で結婚したという話は決して珍しい話ではない。毎年のように幾多の夫婦が誕生しており、その度にその2人を知っている人たちが驚くという流れだった。  しかしながら、この大学病院においてはそんな純粋な関係ばかりではなかった。それこそ不倫や浮気といった良くない噂が流れることも珍しい話ではなく、これまでも様々な噂が飛び交っていた。中には本当に不倫関係であったことが発覚し、2人とも静かにこの病院から去って行った実例もあった。もしかすると、今日もどこかで噂となるような関係が燻っているかもしれなかった。
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