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「……出てくれないかと思ってた」
「……そのままドアの前にいても、周りの部屋の人たちに怪しまれるから」
瀬川先生たちと話をしたら翌日の夕方、オレは凛のアパートを訪れていた。家を出てからの足取りは決して軽くはなく、何度も引き返そうかと思っていた。
勇気を出して呼び鈴を押すと、程なくして凛が姿を見せる。インターホンでオレの姿を確認出来るため、居留守を使うという選択は無かったようだった。様子を見るに、今日は仕事ではなく休みだったらしい。
「……それで、話ってなに?」
「……凛にこれを返しに来た」
「…………」
リビングへと案内されたオレは、カーペットの上に置かれていたクッションの上へと座る。テーブルを挟んで向かい側に座っていた凛の表情は硬く、険しい表情をしていた。
凛から要件を聞かれたオレは、無言のままテーブルにある物を置いて凛に差し出す。それは、凛のアパートの合鍵だった。
差し出された鍵を見た凛は、その表情を更に強張らせていく。ただでさえ悲しげな表情をしていた凛のことを更に悲しくさせていくようなことをしているのは分かっていたが、オレなりの気持ちの整理をした結果の表れだった。
「昨日、瀬川先生や中条先生たちと話をしたよ。それより前に凛が瀬川先生のマンションに行って、色々と話をしたことも聞いた。だから、これを凛に返しに来たんだ」
「……それって、もうここには来ないってこと?」
「……それだけ、オレが犯した罪は重い。どれだけ謝っても、凛に許してもらえるとは思えない。だから、今のオレがこうやって凛の家に勝手に出入り出来る資格は持っていないと思う。それだけのことを、オレは凛にしてしまったんだ」
「…………」
オレから懺悔の念を聞いた凛は、何を思っているのだろうか。凛の顔を見るのが怖くて視線を逸らしたかったけれど、それでは瀬川先生たちと話をした意味が無かった。ここで逃げたら、皆川さんや中条先生の配慮が全て無駄になってしまう。
テーブルの上に置かれた合鍵に視線を落としていた凛の頬に、音もなく一筋の涙が伝う。そして、誰にも受け止められることなく、カーペットの上へと落ちて染み込んでいった。その涙を見て、オレはまた心を深く抉られるような感覚に陥っていた。
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