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第5章:決別と誓い
「皆川さん、課長が呼んでましたよ」
「おっ、マジか? まだ採血データの取り込みが残ってるんだけどな……お願い出来るか、日下部くん?」
「分かりました。やっておくので大丈夫ですよ」
課長に呼び出しを受けた皆川さんが、検査室から姿を消す。今日も臨床検査技師は、それぞれの持ち場で作業を行っていた。
採血データをカルテに取り込む作業をしていたオレは、いなくなってしまった皆川さんの分の作業を引き継ぐ。静まり返った検査室にはオレしかおらず、物音1つしない時間が流れていた。
「あら、冬夜くん1人? 皆川さんは?」
「皆川さんなら、課長に呼び出されて行きましたよ。何か用でしたか?」
数分した頃、検査室の扉がゆっくりと開き、夏実さんが中に入って来る。皆川さんを捜していたようだったが、あいにく入れ違いとなっていたようだった。
凛と和解してから1週間程が経過していたが、夏実さんとは特に何も無い状態が続いていた。オレの方も変に意識することなく接していて、夏実さんの方も何か仕掛けてくるような素振りを見せることは無かった。
しかし、今日は少しだけ夏実さんの様子がいつもと違うように感じていた。
「ううん、少しだけ用があっただけだよ。冬夜くんは1人?」
「ええ、そうですよ」
「そっか。じゃあ、少しお話ししても良い?」
「良いですけど、どうかしたんですか?」
採血データの取り込みをしながら、夏実さんの話に耳を傾ける。穏やかそうに微笑んでいた夏実さんだったけれど、その表情の裏には何かまた見えない思惑が動いているのではないかと思い、オレは警戒を強める。
オレの予想が的中したのか、夏樹さんは前回のことについて再び話をし出した。
「今日も七瀬さんと一緒に通勤していたでしょ? 仲直りは出来たんだ?」
「……まあ、そうですね。色々ありましたけど、仲直りしましたよ」
瀬川先生や皆川さんの助けを借りて、オレは凛との仲を修復することが出来た。そして、それは2度と同じ過ちを犯してはならないという戒めを、オレの中に深く刻み込んでいた。
凛との関係性や瀬川先生たちの期待を裏切らないためにも、いつかまた揺さぶりをかけてくるだろう夏実さんに対して、オレはブレないようにして立ち向かう必要があった。
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