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「だって、黙っていても近寄って来る人がたくさんいるんだもの。お金だって全部出してくれるし、色んな物を買ってくれたりする。そこに愛は無いって分かってるけど、私としては満足していた。たった1つ手に入らなかったのは、冬夜くんだけよ」
「…………」
「最初に見たときは、頼りない男の子だなって思った。でも、仕事に対して一生懸命だし、周りに対する気配りも出来る人だった。指導係として接していたけれど、私の方が勉強させてもらうことが多かったわ。だから……冬夜くんには本当の私を見て欲しかった。偏見や噂に惑わされることなく私を見てくれている冬夜くんに、私は愛されたかった」
「夏実さん……」
夏実さんの言葉が、オレの胸に深く突き刺さる。鉛よりも遥かに重く感じるであろう言葉の数々が、夏実さんが今までどんな思いを抱えていたのかを物語っていた。
少なくとも、オレの記憶の中では夏実さんにはっきりとした好意を向けられているとは思っていなかった。同じ職場の先輩と後輩という関係だと思っていたし、夏実さんもそうだと思っていた。しかし、それはオレの盛大なる勘違いだったようだった。
「……分かってるわ。冬夜くんがあの子のことを好きで、あの子も冬夜くんのことが大好きだってね。そんなの、一緒にいるあなたたちを見れば分かるわよ。最初から、勝ち目が無いって分かってた。それでも……私はあなたに愛されたかった。冬夜くんに……愛されたかった」
「……すみません」
どんな言葉を返して良いのか分からなかったオレは、何となく謝ることしか出来なかった。
「……仕事の邪魔してごめんね。私も自分の持ち場に戻るから」
「…………」
「……ありがとう、冬夜くん。これからも、冬夜くんは冬夜くんのままでいてね」
「……はい」
背中を向けて検査室から出て行く夏実さんを見たオレは、尊敬する先輩の後ろ姿がいつもより小さく見えていた。
それ以来、夏実さんがオレに対して何かを仕掛けて来ようとはしなくなった。
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