13.自白

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13.自白

 本当は二度と来たくなかった警察署だが、今日は久紀さんがつきっきりでいてくれたし、和貴もいる。久紀さんからの連絡を受けた政さんも、駆けつけてくれた。  マジックミラーになっている小窓から、俺達は斎藤洋二の姿を見た。いかにもヤクザ、それも格下のチンピラいった姿で、首元にも腕にも目一杯に刺青が入っていた。それも昔のヤクザがいれるようなやつではなく、英文字だったり洋風の図案が殆どだ。顔は、もしまっとうな生き方をしていたならそれなりに男前だろうとは思うし、ホストでも稼いだことがあるというのもまぁ頷ける。だが、ヤク中でもあるこの男の面相は、およそ普通の判断力を持つ大人のものではなかった。 「京太郎のビルのオーナーが提供してくれた防犯カメラの映像が決め手だ。梨華との関係も殆どウラは取れている」 「殆ど? 」 「梨華との関係は、まだ状況証拠の域を出ない」  巧妙だな、あいつ。 「だけど、何であんな悪いことばっかりした女が、野放しで代議士の息子と結婚なんてできるの。いくら女優の娘ったって……」 「母親より、問題は、父親だ」  和貴の問いに、久紀さんは吐き捨てるように言った。 「兄貴の調べで解ったんだが、梨華の父親は、元首相・沢山康介(さわやまこうすけ)だ」  和貴と俺は、同時に息を呑んで固まった。  沢山康介といえば、長期政権の後、持病で退陣しながらもまだ隠然と力を持ち、今の首相も康介の後輩で、実質の影の首相などとも言われている。まだ60代と若く、病さえ癒えたら再び政権を取るのも夢ではないと言われている。そして、梨華の舅となる予定の内藤景明(ないとうかげあき)は、派閥の実力者ながら中々チャンスに恵まれず、未だに入閣には至っていない。これだけミソがついた嫁でも婚約破棄しないのは、こういう裏事情があったからだったのだ。 「腐ってる……」  思わず真情を口にした俺の肩を、久紀さんが強く掴んだ。 「兄貴は、それをぶち壊そうとしている。あの人なら絶対やる」 「それで警察クビになったら、今度こそ僕が稼ぐよ」  斎藤を睨みつけたまま、和貴はそう言った。こいつはきっと、本当にそうするだろう。そして俺も、何があろうと、絶対屈したりしない。  ギリギリと唇を嚙む俺の方に、斎藤洋二が顔を向けた。マジックミラー越しに俺たちがいるのを知っているのか、ニヤリ、と不敵に笑った。  もう無理……。  俺は部屋を飛び出し、取調室に飛び込んで斎藤の襟首を掴み上げ、腹を蹴飛ばした。拳なんか使ってやるもんか、こんな奴! 汚い足の裏で十分だ! 「姉貴はどうした、姉貴をどこへやった!! 」  羽交い締めにされながらも、体が宙に浮きながらも、俺は奴を蹴ることを止めなかった、止められるわけがない、姉貴を連れてこい!! 「京太郎!! 」  俺はメチャクチャに暴れながら久紀さんに引き摺り出された。鼻水もヨダレもグチャグチャだ。廊下の冷たい床に突き飛ばされ、俺は仰向けになって吠えた。くそう! 姉貴は一体どこにいるんだ!! 誰か答えてくれ!! 「久紀さん、答えは出ています。京太郎くんにこれ以上は無理だ。もう彼は抱えきれないほどに抱えてきた。連れて帰っていいですか」  嫌だ、帰らない!! 政さんを突き飛ばして、更に取調室に入ろうとする俺の目の前で、奴は起き上がって血反吐を床に吐き捨てた。 「バカな奴、まだあの女が生きてるって本当に思ってんのか」 「あ? もういっぺん言ってみろ、てめぇ」 「可哀想になぁ。あの女だろ、沙絵とか言う、梨華がずっと憎んでいた奴。邪魔で邪魔で仕方無ぇって言うからよ、埋めたぜ」  う、埋めた……。  膝から崩れ落ちる俺の目の前で、久紀さんが斎藤の襟首を掴み上げて釣り上げた。痛ぇと悲鳴を上げるのにも関わらず、久紀さんは凄んだ。 「埋めたとは、どういうことだ」 「言葉通り。成田組傘下の産廃場が飯能にあってよ、そこに埋めたんだよ」 「テメェが主犯てことにしちまって良いんだな。一生出てこれねぇぞ」  久紀さんは、次の言葉を待った、いや、誘った。 「冗談じゃねぇ!! 今までだって、絵図を描いたのは全部梨華だよ。俺はヤクが欲しいだけなんだよ。埋めたのだって、梨華がそこに行けば重機が使えるからって……」 「警視に連絡します!! 」  付き添っていた若い刑事が走っていった。書記の刑事と久紀さんは、緊張を漲らせて斎藤を注視している。 「で、飯能のどこだ。ここまできたらもう、洗いざらい言っちまえ。お前の身は守ってやる」 「ほ、本当か。梨華の親父はヤベェからよ、ジジィは組のモンだし、あの女メチャクチャなんだよ、俺だって怖くて仕方なく……」 「どこだ、言え!! 」 「……飯能の、パークカントリークラブっつったかな。そのすぐ裏あたりだ。ひと山越えりゃ奥多摩に出られる、あの辺りだよ」 「埼玉県警に応援を要請する、ここを頼む」 「は、はい! 」  書記の刑事にそう言って、久紀さんは駆け出る前に立ち止まり、力なく座り込む俺の肩をぎゅっと掴んでから駆けて行った。 「ママをお願いします」  政さんが駆けていく久紀さんの背中にそう言葉を投げ、久紀さんは片手を上げて応えた。大人二人はそうしてそれぞれの役目を果たすべく動き出した。  動けなかったのは、俺だけだ……。  
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