ちょうどいいって難しい

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
響子は中学生になった娘と通い詰めた音楽教室に来ていた。 今日は自身が生徒として。 幼稚園の頃から結婚するまでピアノを習い続け、腕にはそれなりに自信があった響子だが、子育てに奔走したこの20年間、聴くのも歌うのも弾くのも、童謡や子どもの好きな曲ばかりになっていた。 子どもも大きくなり、音楽の世界に少しずつ戻ってこようと、ここ最近は毎日のように練習に励んでいた。 娘の杏は個人のピアノレッスンの他にグループ活動も併用している。 グループでは数人-10人程度がそれぞれのエレクトーンを別々の音色で弾くことで、オーケストラのようなダイナミックな演奏ができるのだ。毎年同じメンバーで、衣装を合わせ、コンクールやコンサートに出場してきた。 響子は、ひそかに、その合奏-アンサンブルに憧れていたので、20年ぶりの今回のレッスンはアンサンブルクラスにしようと決めたのだった。 近隣で該当したのは、杏の通う音楽教室の「大人のエレクトーン♪月に一度のアンサンブル」というクラスだけだった。 鍵盤楽器の経験のある人ならだれでも参加可能らしいが、不慣れな足鍵盤、音色スイッチなどの操作に響子は不安だった。 窓口の担当者と相談して、ピアノしか経験のない響子でもついていけそうだと受講を決めた。 いよいよレッスンの始まる1週間前に、レッスンで使う楽譜が響子の家にも届いた。 ディズニーのポップな曲と、クラッシックのアレンジ曲の二曲で、三曲目はレッスン時に配布とのこと。 弾いてみるととても簡単で、このクラスに満足できるか響子は不安になった。 同封されていた講師からの手紙「練習はしなくてかまいません。当日のレッスンで練習しますので、目を通す程度で大丈夫です。」という言葉に従って、真剣に練習はせずに当日を迎えることにした。 本来の響子の性格からすると、事前に準備はきっちり、暗譜できるくらいに練習を積むものだけど、こういう場合、あまりに真面目にしすぎると場から浮き、嫌みになることもある。 余裕でこなすよりも、一生懸命ついて行く体を演じるつもりもあった。 初対面からフルスロットルでいかず、ちょっとずつ様子を見ながらだよね。 娘の杏も同意見だったし、何より仕事に追われそのままになっていた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!