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⑴
どんな人間にも、運命の出逢いという物がある。
僕のように能力にも容姿にもめぐまれなかった人間でさえ、それらしき瞬間があった。
それは勤めている工場の業務を終え、疲れ切って俯きながら外に出た時だった。
「あの……」
従業員用のドアの前で僕に声をかけてきたのは、同じ工場で最近働き始めた小柄な同僚女性だった。
「この前、スーパーで助けて下さった方ですよね?」
僕はどぎまぎした。僕の方は覚えていたが、まさか彼女がこっちのことを覚えているなどとはこれっぽちも期待していなかったからだ。
「あ……覚えてたんですね」
「はい。ずっと覚えてました。初日の日に先輩たちを見て「あっ、助けてくれた人がいる」ってすぐにわかりました」
突然、自分の存在に光を当てられたように感じた僕は、気がつくと自己紹介をしていた。
「ええと、僕は梶山基樹、二十四歳です」
「光元千早です。二十一歳です」
これが僕と千早が互いを意識した、最初の瞬間だった。
※
僕が千早を初めて見かけたのは、六月の終わりごろだった。
仕事帰りにいつも立ち寄るスーパーで、淡々とセルフレジを操作してた小柄な女性が妙に気になり、僕は何度か清算をする手を止めて女性の方を盗み見た。
サーモンピンクのカットソーにデニムのスカート、小ぶりのリュックを背負ったその女性は目も鼻も口も小さく、三つ編みのせいもあってなんだかひどく幼く見えた。
女性はパネルを慣れた手つきでテンポよく操作し、その動きと横顔に僕はなぜか興味を引かれたのだった。やがて隣からお釣りの音が聞こえて来たとき、僕の清算はまだ半分も済んでいなかった。
――僕とほぼ同時にレジに入ったのに、早いなあ。
レジのすぐ傍にあるサッカー台のあたりから「ちょっとすみません」という硬い声が聞こえてきたのは、僕がバーコードのない商品に四苦八苦していた時だった。
「えっ、清算してないって……どれですか?」
店の人となにやらやり取りを交わしている女性の声に、僕のレジを操作する手が止まった。
「いえあの、ちゃんとしたつもり……ですけど」
戸惑いと抗議の混じった声を聞いた僕は、ははあ、うっかりだなと察しをつけた。どうやらレジの操作を上の空でやっていたらしく、清算済みのつもりでいた商品の中に未清算の物が混じっていたようだ。
「あのう……その人凄く早く清算してましたから、たぶんうっかりだと思いますよ」
僕がおずおずと助け舟を出すと、スーパーの職員は「本当に?」という顔をしつつも「今度から気をつけて下さいよ」と渋々、女性を解放した。
「あ、ありがとうございました」
「いえ、たまたま隣だったので……」
深々と頭を下げられ、狼狽えた僕はおざなりの言葉を返すとそのまま女性に背を向けた。
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