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⑵
「先日辞められた川原さんと西野さんの代わりに今日から働くことになった長瀬君と光元さんだ」
そう言って工場長から紹介されたのは、小太りの男性と小柄な女性の二人だった。
長瀬と言う大学を休学中の男性は、昼夜逆転を治すために応募してきたらしい。そしてもう一人の光元千早という大学の二部に通う女性は――あのレジで見かけた女の子だった。
「光元千早です。夜は学校に行っています。よろしくお願いします」
作業服姿の千早はそう言ってぺこりと一礼すると、一歩下がって気配を消した。僕に気づいたかどうかはわからない。が、僕にとっては何となく気持ちが浮きたつ偶然だった。
※
僕の職場はレストランに隣接する野菜加工工場だ。レストランの従業員は比較的年齢が若く、工場の方はまちまちだ。僕と同じ二十代男性は六人ほどだが、女の子が入ってくるとそれだけで「争奪戦」が起こることも少なくない。
だが、僕がその「争奪戦」に参戦することはない。性格が内気で面倒くさがりだというのもあるが、最大の理由は見た目で他の同世代より劣る――簡単に言うと「不細工」故の気後れからだった。
レジの一件もあって僕はおのずと彼女を意識するようになったが、だからといって親しくなるとか何かが始まるとかいった期待を抱くことはない。
僕のいるラインと千早のいるラインは数メートル離れていて、作業の合間に横顔をを盗み見るのがせいぜいといった距離感なのだ。
千早は無口で昼休みも古参の女子社員としか話さないような地味な女の子だった。
地味な子だから不細工な男でも話くらいはしてくれるだろうと高を括るのは間違いだ。
そう言う子に限って非現実的なほど理想が高い、と言うのはよくある話だからだ。
だが、縮まることなどないと思いこんでいた僕と千早の距離はある時、思いがけないことがきっかけであっさりと縮まることになったのだった。
※
機械のメンテナンスで工場の稼働が午後からになったある日、うっかりいつもと同じ時間にやって来た僕は工場に入れず併設の食堂で昼になるのを待っていた。
「……あっ。早いですね」
僕と同じくメンテナンスのことを忘れていたのだろう。僕しかいない食堂に入って来るなり声を上げたのは千早だった。
「うっかり者が僕だけじゃなくてほっとしたよ」
僕がそう言うと、千早は今まで見せたことがないような砕けた表情になった。
「お昼を過ぎたら、みんな来ますよね。今日はお弁当屋さんも来ないし……お昼はどうするんですか?」
「十二時になったらコンビニにでも行こうかと思ってます」
「あっ私、焼きおにぎりを二つ持ってきたんですけど、よかったらひとつ召し上がりませんか?」
「え、いいんですか?」
「はい。この前お弁当に苦手な物が入ってたので、たまには仕出し屋さんじゃなくて別の物を食べようかなって」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
僕は予想外の展開に、少なからぬ興奮を覚えた。工場の従業員は基本的に皆、大量に発注した仕出し屋の安い弁当を食べている。千早も例外ではなく、僕の中には彼女が自分でお昼を作って持ってくるというイメージがまったくなかったのだった。
「……あっ、チーズが入ってる。おいしい」
「よかった、お口に合って。今日は簡単な物ですけど、調理するのは元々好きなんです」
「どうしてお昼を作って持ってこないんです?」
「……あの、目立つの好きじゃないんです」
この日を境に、僕と千早の距離は急速に縮まっていった。
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