序章 初夜の出来事

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序章 初夜の出来事

 部屋の明かりは、この屋敷の主の希望で最小限にされていた。  あるのは足元を照らす為の数個置かれた燭台のみ。蝋燭の炎がチラチラと揺れ動くのをぼんやりと見つめながら、ベルトラン侯爵家の嫡男であるアルベルトと結婚式を済ませたばかりのモンフォール伯爵家長女のカトリーヌは、暗い部屋の中で一人、夫を待ち続けて溜息を吐いていた。 「今日はもう寝ましょう」  枕元に用意されていた布を手に取ると、透けた夜着を持ち上げてベッドに座る。自分の見慣れない姿に躊躇いながらぎこちなく足を開くと、ずっと感じていた陰部の違和感の正体を拭き取ろうとした時だった。  ノックもなしに扉が開いた瞬間、カトリーヌは固まってしまった。入ってきた者も足を止めたままま動かない。そして自分の状況にカトリーヌはとっさに足を閉じた。 「本日はいらっしゃらないかと……」  そう言いながら急いでベッドから降りると脇にずれる。すると固まっていた者はゆっくりと近付いてきて、ベッドにどかりと座った。 「あの、ア、アルベルト様?」  暗くて近付いてもよく顔は見えない。薄暗い蝋燭の灯りだけでは表情に影が落ちたように見えてしまう。不安になり手を伸ばしかけた所で、反対にその手首を思い切り掴まれた。 「何をしていたんだ?」 「あの、それは……」  やはりあの格好を見られてしまったという羞恥から言葉が出ないでいると、フッと小さく笑う声が聞こえた。 「まさか俺が来ないから自分で慰めようと?」 「違います! そんなんじゃありません!」  しかしアルベルトはこの話を終わらせる気はないらしい。手首はいまだ強い力で掴まれたままだった。 「その、潤滑油を拭おうとしておりました」 「……潤滑油?」  アルベルトは不思議そうに繰り返した後、掴んでいた手を引きながらベッドに投げた。カトリーヌはベッドに倒れたままアルベルトを見上げる。顔はやはりよく見えないが、笑っているようにも見えた瞬間背筋が震えた。 「アルベルト様……」  声が上擦ってしまう。恐ろしさで一気に身体が冷えていくのが分かった。 「わざわざ潤滑油を仕込んでいたのか?」 「はい、アルベルト様のお手を、煩わせないようにと思いまして」 「……そんなに俺に触れられるのが嫌か」 「? 決してそのような事ではなく……」  その瞬間、一気に大きな身体が伸し掛かってくる。カトリーヌは身動きするのも忘れて固まってしまった。ごつごつした手が一気に夜着を捲くり上げてくる。冷えた空気に臀部が震えたが、柔らかなその部分を掴まれ、顕になった陰部を無造作に触れてくると、小さく舌打ちが聞こえてきた。 「こんなにたっぷりと仕込んでいたのか。これには媚薬効果もあるのか?」 「多少は、あるようです。その、初めてなので、破瓜の痛みが和らぐようにと」  カトリーヌは半身を拗じらす体制のまま陰部を撫でられ、緊張で気が気ではなくなっていた。手が離れた瞬間、ホッと息をついたのも束の間、今度は何か熱く硬い物が手の離れた場所に押し当てられた。 「そちらがその気なら、望み通りに手早く済ませてやる」  その瞬間、その熱く硬い物が押し広げるように突き刺さってくる。怖くて痛くて声が出ない。思わずシーツを握りしめて唇を噛んだ。 ーー叫ぶなど絶対にしてはいけない。 「痛むか?」  掠れた声が耳元でする。本当は貫かれた陰部は焼けるようで、痛くて痛くて、お腹は苦しくて自然と涙が出てくる。それでも首を振って横を向くと口元だけでも微笑んで見せた。 「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。お早く……」  苦しさも恐怖ももう限界で、カトリーヌは震える手を後ろに伸ばすと、そっと頬に触れた。小さくアルベルトが歯を食い縛った後、腰を掴まれて後ろを向かされる。次の瞬間にはお腹を抉られるような衝撃を何度も受け、アルベルトの小さな呻き声と共に突き刺さっていた物が抜けるまで、途方もなく長い時間のように感じた。  身体に力が入らない。カトリーヌは小さく痛む下腹部の感覚に、だらりとベッドに横たわっていた。視界の端ではアルベルトの背中が映っている。 「アルベルト様? もう、おしまいでしょうか?」  何故か服を整えている様子の背中に声を掛けると、アルベルトはスッと立ち上がった。 「一度で懐妊するとは思いにくいが、今日はしまいにした方がいいだろう。だが、互いの為にも今晩授かっている事を願っている」  そう言うと、部屋の中を照らしていた蝋燭を手早く消し、扉は静かに閉まった。
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