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同窓会の達人
私は美人だ。
四十を過ぎてからは、老け始めた同世代の人よりも明らかに頭一つ抜けている。この副業はそんな私だからできる仕事だ。
『同窓会への代理出席のお願い』
仕事が終わり、自宅に帰ると今日もパソコンに仕事の依頼のメールが二件来ていた。
私の副業は、依頼人の代わりに同窓会に出席する事だ。
最初は友人に頼まれてふざけ半分に出席したのが始まりだった。数十年
ぶりに会う同級生の面影なんて、化粧でいくらでも誤魔化せる。
特に男共にとっては、美人になったクラスメイトを別人と疑うのは野暮なものらしい。
依頼をした人間は後日、SNSなどでクラスメイト達から羨望の眼差しになり良い思いができるのだそうだ。
外見が整っている私だからできる副業だ。
「いやぁ、よく同窓会なんかにこんな高いお金を出せるわ。ほんと、女って怖い怖い。虚栄心の塊だもの」
私は『ご依頼承りました』と丁寧な文章を書きながら、依頼人を鼻で笑い、メールを返信した。
そして、もう一つの方の依頼のメールをクリックして開いた。
「えーっと……『拝啓、』」
私は丁寧な文面にぷっと吹き出してしまった。
「『拝啓』って、こんなプライド丸出しのメールで初めて見たわ」
私はこんな虚栄心丸出しのメールに似合わない丁寧な文面に笑いながら、メールの続きに目を通した。
「えーっと……『来月、中学時代の同窓会があります。ですが、私は現在、海外に在住していて出席することができません』」
海外在住は、よく依頼をする人が使ってくる言い訳の一つだ。クラスメイト以外に私にまでも見栄を張る。とことん性格が歪んでいる。
ただ、こう言う性格の人がいるから、私の副業が成り立っているんだけど。
「ん?」
が、メールを読み進めると、途中でおかしな文面があった。
「えーっと……『当日、宮本ヒカルという女性が出席すると思います。もし、彼女があなたに謝って来たら、彼女を許してあげてください。ただ、もし彼女がアナタに謝って来なかったら……アナタから彼女に謝って戴きたいのです』」
私は首を傾げた。
今までの依頼にはなかったパターンだ。
「どう言う事だ?」
喧嘩別れして疎遠なら『同窓会に宮本ヒカルが来る』と言うことが事前に分かっているのが不自然だと思った。
もし、友人などを通じて連絡が取れるのなら、別に自分で謝ればいいだけの話だし、今でも連絡をしあってるなら、別に謝らなくても良い関係という事だ。
「そもそも、中学時代の喧嘩を大人になっても引きずるものかしら? てか、喧嘩はしたけど、自分で謝るのは怖いから代わりに謝ってって、子供かよ」
メールの依頼文にはそれ以上のことは書かれていない。
私の方から『メールには学生時代のエピソードを書かないで欲しい』とお願いしているからだ。
数十年も前のことなので、会話中にお互いの記憶が食い違い、そこからボロが出やすくなるのだ。
何も知らないまま現場で相手の話に頷いてる方が、話がスムーズに進んで偽物だとバレにくい。
「依頼人の名前は斉藤カオル」
面倒臭そうな依頼だけど、妙に気になる依頼だ。
私はコーヒーを啜りながら、依頼を引き受けるメールを返信した。
その後、メイクの参考にする為、当時の写真を送ってもらった。斉藤カオルの顔は大人しそうな少女の顔であった。
同窓会の当日。
私は依頼人の顔に似せたメイクを拵え、電車に揺られながら、同窓会会場へ向かった。
ただ当日、雪が降った為、電車に遅れが出てしまい、同窓会の開始時間に遅刻する羽目になった。
「やばい、もう七時十五分だ!」
薄く積もった雪の上をヒールで滑らないように小走りで会場へ急いだ。
たどり着いたのは、地元の駅前の大衆居酒屋。
すでに同窓会は始まっており会場の襖の向こうからは、大きな笑い声が聞こえて来ていた。
「ここか」
私は咳払いを一回し、気合いを入れ、斉藤カオルの顔になって、襖を開いた。
「こんばんわ。遅れてしまってすいません」
私が会場に入ると、一瞬、時が止まったように宴会場が静まり返り、視線が一斉に私の方へ向いた。
過去にも、私を一斉に見る男性陣がいる事はあったが、こんな、男女問わず全員が一斉に自分を見るなんてのは初めてだった。
「あの、斉藤カオル、です」
チラッと参加者の服装を見ると上下スウェットで参加している人もいた。私があまりにも気合を入れた服装で着たから、みんな驚いたのだろうか?
私は席を探すふりをしながら、会場を再度見た。
いつもなら何人かの男性が言い寄って来てくれたりするんだが、今日に限っては誰も私に近付いてこない。
むしろ、あちこちで小さな声でヒソヒソ話をしている人らもいる。なに、この反応? 斉藤カオルの過去に何があったの?
「カオル?」
その時、一人の女性が私の方へ近寄ってきた。
「カオルなの?」
彼女は私に少し警戒している様子で、辿々しく歩いてくる。
この様子では卒業後、斉藤カオルとは一度も顔を合わせていない関係だったようだ。しかも、下の名前で寄って来るって事は学生時代の仲は良かった。
私は、直感で「この女だ」と分かった。
「もしかして、ヒカル?」
「え……私の事、分かるの?」
ビンゴ。
「分かるよ! 昔と全然変わってないもん! ヒカル、久しぶり!」
私は場の空気を少しでも和ます為に、ハイテンションで目の前の宮本ヒカルに抱きついた。どうなる事かと思ったが、運良く宮本ヒカルを直ぐに見つけることができた。
その後、私は宮本ヒカルがいた席の隣に座って、なんとか自分の場所を確保することに成功した。
周りから「え、嘘でしょ!」「本当に本物なの?」などと言う、私への囁き声が聞こえてくるが、どの同窓会でも聞こえる声なので、別に気にならない。
大人になって綺麗になった斉藤カオルを私は遂行し続ける。
「なんか、みんな、私を凄い見てるけど。ちょっと、服装派手だったかなぁ」
何気なく女性陣にアピールすると、ヒカルはなぜか困った顔をして、
「な、なんか飲む、カオル?」
物凄くぎこちなく話を逸らされてしまった。
なんだ、宮本ヒカルのこの不自然な感じ。あんなに抱きついたのに、まだ警戒を解いていない様子だ。
「じゃあ、私はビールで」
「えっ!」
さらに、私がビールを注文すると宮本ヒカルはまた驚いた顔を見せた。
「どうかした?」
「いや……カオルってビールとか飲むんだと思って」
何を言っているのか分からないが、笑顔で誤魔化した。
「そりゃ、飲むよ! もう大人なんだから! ヒカルも一緒に飲もうよ」
そう言うとヒカルはなぜか神妙な面持ちで考え始めた。大人がビールを飲むだけで、なぜこんな重く受け止めているのか分からない。
「よし! じゃあ、飲もう! 今日は!」
それから、私は宮本ヒカルとお酒を飲みながら、昔話に花を咲かせた。
酔いが回ってくると彼女も次第に饒舌になって、緊張が解けて来た様子だった。
「懐かしい、あったね、そんな事……」
しかし、楽しく話していた途中、突然、宮本ヒカルが思い詰めた表情で黙り込んでしまった。
「ヒカル、どうしたの?」
「いや……本当にカオルなんだって思って」
そう言って、彼女は目に涙を溜めていた。
「美人すぎて、最初わからなかったよ。カオルの化粧した姿なんて、見た事なかったし」
「化粧、あっちで覚えたのよ。向こうでも結構モテるのよ、私」
「そう、なんだ」
私がそう言うと、宮本ヒカルはまた曇った顔をした。
明るい内容の話のつもりだったのに、どうしたんだろうか?
そして、同窓会の一次会は終わり、宮本ヒカルが依頼文にあったような謝罪をしてくる事はなかった。
居酒屋の外に出ると雪はもう止んでいて、二次会の場所を話し合う為、居酒屋の表で屯っていた時だった。
「カオル」
宮本ヒカルが私の服の袖を引っ張り、
「二人で少し歩こ」
と、私を誘ってきた。
同窓会の一向から別れ、私と宮本ヒカルは静かな夜道を並んで歩いた。さっきまで道路に薄く積もっていた雪は消えかけていた。
「久しぶりだね、カオルとこうやって並んで歩くの」
「中学以来だから、もう三十年経つんだもんね」
「そっか……早いね」
宮本ヒカルがまた悲しそうな顔をした。
普通、懐かしい時はもっと楽しそうな顔をするものだ。この二人の過去に何があったんだろう?
「カオルさ、今日、家に泊まったり……できる?」
「あー……今日中に帰らないといけないから、ダメなんだ」
流石に家に泊まったら私が偽物だとバレてしまうし、契約外なので丁重に断らせてもらう。こう言うところはビジネスなのでシビアに行く。
「ごめん。今度、来る時はゆっくりして行くから」
「いや、いいの。今日来てくれただけで、ありがとう」
それから私達は、無言のまましばらく歩き続けた。
私が誘いを断ってしまったから、寒い空気で酔いが覚めたのか、急に会話がなくなり、気まずい雰囲気が流れ始めた。
間が保たず、私はテキトーな曲の鼻歌を歌った。
「え?」
すると、私の鼻歌を聴いた途端、宮本ヒカルが驚いた顔を見せてきた。
「ん? どうかした?」
「……カオル、音楽、聴いてるんだって思って」
「そりゃ聞くよ。あっちだって音楽はあるし」
宮本ヒカルの言葉の意味がわからず、私は笑って誤魔化した。
「カオル……もしかして、今も音楽やってるの?」
「ああ……たまにだけどね」
質問に意味はよく分からなかったが、適当に話を合わせて返事をした。
「……そう、なんだ」
すると、宮本ヒカルの目元に光るものが見えた。
「どうしたの、なんで泣いてるのよ?」
「何でもないよ。ちょっと、よかったって、思っただけ」
「ヒカルは、まだやってるの?」
音楽って言うのが二人の過去を繋ぎ止めるキーワードに感じ、私は思い切って踏み込んだ質問をぶつけてみた。
「私は、全然かな。でも、子供がやってるよ」
「ヒカル、子供いるんだ」
「いるよ。咲っていうの」
「咲ちゃん、ヒカルに似てる?」
ヒカルは少し考えてから言った。
「カオルの方に似てるかも」
「なんで、私に似るのよ!」
やっと会話に笑顔が戻って来た。
「咲ちゃんも、音楽やってるんだ」
「小さい頃から、押入れの私の楽器、勝手に吹いてたから」
「かわいいね。いいなぁ、娘かぁ」
「そうだよ。今年から中学で、もう、私たちと同じくらいの年齢なんだ」
「私たち?」
また、宮本ヒカルの言葉の意味がわからなかった。ふと時計を見ると帰りの電車の時間が近づいていた。
「あ、そうだ。ヒカルに言うの忘れてた」
「何?」
「あの時はごめんね」
「え?」
私がそう言うと、宮本ヒカルはキョトンとした顔を浮かべた。
「実はさ。今日は、ヒカルにそれを言うために来たんだ」
そう言うと宮本ヒカルは俯いて、神妙な面持ちをし始めた。
信号が青になり、私は一人で横断歩道を渡った。
「じゃあ、私、そろそろ帰るね」
「カオル!」
「ん?」
横断歩道の途中で私は宮本ヒカルに呼び止められた。
「ありがとうね」
「うん。またね、ヒカル」
私は赤になりかけていた横断歩道を小走りで渡り切った。その間。後ろから彼女の鳴き声がずっと聞こえていた。
結局、二人の事情はわからなかったけど、きっと、良い友達だったんだろう。
後日、斉藤カオルから感謝のメールが届き、どうやら二人が仲直りできたと知らされた。
ただ、二人の過去に何があったのか、そして斎藤カオルはなぜ自分で謝りに行かなかったのか?
その二つは最後まで謎のままだった。
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