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幸い兵士たちは村を焼き滅ぼしたと確信して満足したのか裏山へは向かわず来た道を戻っていった。僕は絶望的に暗い気持ちで合流して、それでも何食わぬ顔で「念のため一晩過ごしてから村に戻りましょう」と三人に告げた。
なんとなく全てを察した三人がなにも言わぬままに一夜明けて村へ戻ると、ケリィは生焼けた村長の遺体を抱いて大泣きに泣いた。彼女は、この村のひとたちは、完全に僕たちの犠牲者だ。彼女が拒否しない限り最後まで責任を持って連れ添わなくてはいけない。
生存者は無し。小屋も全て焼かれてしまった。またしても身ひとつで放り出されてしまったけれども、傷の治療を受けられただけ先日よりはずっとマシだ。
「お嬢様、アドニス。連中も今更引き返しては来ないでしょうし、ここを去る前に彼らを埋葬しませんか」
せめて誠意を持って見送りたい。そう思っての提案だったけれども、それは意外な人物から否定された。
「あー、そういうのは必要ねえよ。死ねば獣と虫の腹に収まって残りは木々の養分になる。この村は森に還るんだ」
振り返ると、そこには槍に突かれて死んだはずのザイオンが立っていた。血塗れ煤塗れの酷い姿だが五体満足で、どこか怪我をしている様子もない。
「ザイオン! ザイオン!」
ケリィが泣き付き、お嬢様も唯一の生存者にそっと自分の目を拭う。
「い、生きていらしたんですね。良かった……ご無事、で……」
いや、そんなはずはない。
槍は遠目にわかるほど完全に身体を貫いていたし血も吐いていた。生きているにしても何食わぬ顔で歩けるような傷じゃない。
頭の中で最大級の警報が鳴っている。なにか拙い。この男が殺されるところを見ていたと、絶対に知られてはいけない。知らない振りをするんだ。
「実は俺の小屋には備品が地下に少し隠してあるんだ。手ぶらじゃ旅は出来ないからな。カーライル、手伝ってくれないか?」
俺のほうを見てにこやかに笑うザイオンを見て、僕は全力で笑顔を取り繕う。
「わかりました。私で良ければ勿論」
ただひとりぽつんと立っていたアドニスが、不意に「悪いな、力になれなくて」と口にした。
謝罪のようでいて、そのくせまるで顔色をさとられたくないかのようにそっぽを向いている。
その様子を見て付き合いの長いこいつは僕の微かな声色の異変を感じ取っていると確信した。僕は百万の援軍を得た気持ちだった。
「いいですとも。移動するときの荷物運びはせいぜい期待していますよ」
僕は皮肉のように言い捨ててザイオンとその場を離れる。
考えてみればこいつはとんでもない化け物かもしれないが、そもそも命の恩人だし敵意が無いならそれでいいじゃないか。なんなら腹を割って話し合い、仲間にでもなってくれれば心強いくらいだ。
でもそれは今じゃない。時間が必要だ。お互いを理解し、理解される時間が。全てを明かす機会と、万が一のための方策を用意する時間が。
だから今は演じきれ。
ここにいる僕はなにも知らない騎士見習いの少年だ。
気の良い流れの医者に心を許している、それでも商人の娘の使用人と名乗る若造だ。
「手負いの私とアドニスだけでは不安だったので、大人が居てくれると本当に有り難いです」
僕は今度こそ完璧に笑い切った。
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